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第14話

格子戸から一歩外に出た途端、魄の目に飛び込んできたのは白い花が見事に咲き誇る中庭だった。此処が何処か正確な事は分からないけれど、少なくとも王宮ではない事は確かだ。このような白い花が埋め尽くす程咲き誇る中庭など__魄は見た事が無かったのだ。 王宮の中庭であれば、白い花ではなく__今まで数多の命を吸い付くした《桜の木》がそびえ立っている筈だ。 それにしても、いくら真夏の夜とはいえ、外に一歩出ると___夜風に晒されたせいか僅かばかりだが涼しさに包まれる。しかし、それも一瞬の事ですぐにもわっとした熱気が魄の体を襲った。あまりの異様な熱気さに、魄は堪らず着物の胸元をはだけさせた。普段は肌身離さず持ち歩いているお気に入りの扇子も、今は見当たらない。その扇子は、魄と燗喩が夫婦となり__尹需を身籠った時に夫から贈られた大事な物だ。 黒地に金色の二対の鯉が描かれている扇子だ。あれがあれば、一時凌ぎとはいえ暑さを緩和出来るというのに___と心の中で残念に思っていた魄だったが、ふいに思い直す。 (いや、暑さなど我慢出来る……それよりも早く早く尹需を捜さなくては……あ、あれは……) 目線を左右に忙しなく動かしながら、辺りを見回して最愛なる息子の尹需を捜していた魄だったが、ふいに見慣れた物(正確には尹需が身に纏っていた水分の着物の裾)が目に入った気がして急いでそちらへと駆けて行く。酔っぱらいのような足取りと、頭の中ぐるり、ぐるりと掻き乱されるような強烈な目眩のせいでもつれて何度も転びそうになるが__最愛なる息子の安否には代えられない。 駆け酔った魄の目に飛び込んできたのは__白い花が咲き誇る中庭の池に浮かぶ最愛なる我が子の無惨な姿___。 「ゆ、尹……需___尹需、尹需……ああっ……何故__何故、あなたが……このような、おぞましい事に……っ……」 涙をぼろぼろと止めどなく溢れさせながら、着物を着ている事など__体調不良に襲われている事など、そっちのけで魄は息子を救うべく池の中に飛び込んで両腕で息子の体を抱いた。 「ゆ、尹需___?」 池の中に溺れていたというのに、我が子は微笑んでいる。 ざりっ………… 「今宵も月が__綺麗やんな……水もしたたる麗しき王妃様……真夏の夜とはいえ、池の水は冷えてるやろ__暖めてやるやき……」 「……っ…………!?」 土を踏みしめる音と、 愉快げな魔千寿の言葉___。 その時になって、ようやく――これは、罠だと悟ったが時既に遅く一介の術師とは思えない程に力強い魔千寿によって鳩尾を殴られた魄は呆気なく気を失ってしまう。 にこり、と微笑みながら真千寿は難なく気を失ってぐったりとしてる魄の体を抱き上げると、池の中にいる協力者に感謝の言葉を述べるためにひょいっと水面を覗き込む。 「黄蝶や――もう池の中から出ていいやんな……後で褒美をやるやき、楽しみにするとええ……ああ、花蝶も――ご苦労やったやきな……尹需様は王妃様と違ってお転婆やき苦労したやろ?」 「崇高なる指導者様___」 「御方様のご命令であれば何なりと___」 協力者らを引き連れて、魔千寿は己の目的のために__朝鮮朝顔の白い花が咲き誇る中庭から己の寝所へと戻って行く。

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