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第16話
「……っ…………ま、魔千寿__いいえ、木偶の童子……貴方の目的は――何なのですか!?私と尹需を巻き込んでまで……貴方はいったい何を企んでいるのですか!?」
「おやおや____笑った顔だけでなく、怒った顔も――あなたのお母上に生き写しなんやな。それに、これは尹様やあなたに限った事ではないやろうが、息子の為に身を粉にして己を犠牲にしようとする心意気……いやあ、実に見事や。そんなあなたに敬意を表して__尹儒様の居場所を教えてあげよう」
すっ…………と、おもむろに魔千寿が濃厚な朝鮮朝顔の香りが漂い続ける寝所から出て行った。
そして、すぐに戻ってきた魔千寿は両手に持っている物を着物がはだけ濃厚な甘い香りのせいで頭の中に霧がかったように呆然としきって弱々しい様を露にしている魄の前にわざとらしい動作で大仰に広げた。
「…………」
魔千寿が無言で___しかし、どこか愉快げに口元を歪めつつ黙々と広げた巻き物の白紙の上に墨汁で濡らした筆を滑らかに滑らせていく。
最初は何が描かれていくのか、と疑問で頭がいっぱいになり、じっと巻き物を凝視しているだけの魄だったが、魔千寿が筆を滑らせていく内に___彼が何を描こうとしているのか分かり顔面蒼白となってしまう。
複数の彩りの顔料が浸された筆を迷いなく余裕綽々な様子で魔千寿が巻き物の上に描かれた人物に色を与えていく。その人物は、どう見ても魄が正に今、行方を探している尹儒だと気が付いて思わず涙が零れ落ちてしまう。
魔千寿が筆を動かし、息を吹き掛けていく毎に__紙の上に描かれた人物、風景がまるで意思を持ったかのように空に浮かびあがって動くのだ。
紙の上に描かれた息子の尹儒が__母である自分を探しているかのように辺りをきょろ、きょろと見回して泣いている。もちろん、声など聞こえないが魄には愛しい息子が母である自分が見つからず動揺しきっているのが目に見えて分かっていた。
どうやら、尹儒は___大海原に漂う小舟に乗っているらしく、先頭が熱心に櫂を操りながら何処かへと向かっていくのが絵の中から察する事が出来る。
「……っ…………!?」
しかし、暫く巻き物を眺めている内に__魄が絵の中の光景から小舟が向かって行こうとしているのが何処なのか察した時、顔面蒼白にならざるを得なかった。
巻き物の中に広がる絵の尹儒を乗せた小舟が向かっていく場所___。
そこは、今は完全に焼け落ちて存在すら無くなってしまった筈の___魄にとっては第二の故郷といっても過言ではない懐かしの場所【逆ノ目郭】なのだった。
「なっ……何故、今は存在しない筈の逆ノ目郭が____んっ……んむっ……!?」
「まあ、まあ……そんな些細な事は気にせんと__この永き夜の宴を続けようやないか。あなたには……まだやってもらい事が____あるやき。さあ、腹が減ったのではないか?美しい王妃様に相応しい食べ物__朝鮮朝顔の天麩羅や……たんと召し上がりや」
にい、と口元の歪めて醜悪な笑みを浮かべた魔千寿が不意に筆を滑らせる動きを止めて勢いよく巻き物を閉じると、そのまま脇に置かれた盆にのっている朝鮮朝顔の天麩羅を鷲掴みにして狂った笑みを浮かべつつ、半ば強引に恐怖と不安でひきつった表情を浮かべている魄の口元にそれを押し込むのだった。
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