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第17話
◇ ◇ ◇
時は遡り、魔千寿が魄に不思議な巻物を見せる少し前のこと__。
尹儒はふっ……と目を覚まし、本来であれば隣にいて自分を抱き締めながら共に眠りについている筈の愛しい魄の姿を目線だけさ迷わせつつ探した。
しかし、その尹儒の行動も虚しく__隣に愛しい母の姿はない。
「は…………母上っ……?母上__」
尹儒の母を求める声は、波の音に掻き消されて勢いよく体を起こして眼下に広がる大海原に吸い込まれるかのように消え去ってしまう。
何とも言い様のない漠然とした虚しさ、胸がきりきりと締め付けられるような不安____それと、二度と母に会えないのではないかという根拠のない恐怖感に襲われた尹儒は無鉄砲な童子らしく後先も考えずに今乗っている小舟から衝動的に飛び降りようとする。
「あ、あぶねえっち……お前____いったい何をしてんるやんな!?」
「……っ…………」
すると、衝動的に辺一面りに霧がかり真っ白い大海原に飛び込みそうになった尹儒の腕を勢いよく誰かに掴まれて引き戻されてしまう。その反動で尹儒を無理やり引き戻した船頭の手に持っていた櫂がからんっと音を立てて落ちてしまう。
「お、おじさんは……誰?それに___ここは、どこ?王宮じゃないの……は、母上……母上っ……」
「あーあ、ったく……参ったやな__とりあえず、おじさんは船頭やし。お前さんを《逆ノ目郭》まで送るように言われたっちよ__それが、おじさんの役割や。そうか、お前さん__王宮から来たんやな」
どこか、遠い目をしながら__その名も知らない船頭の男は再び母を求め泣きじゃくり始めた尹儒へと答える。そして、ぽんぽんと大きな手で__まるで父が息子をあやすように尹儒の手を撫でると落ちた櫂を拾いあげてから小舟を先へ先へと進ませていく。
「____ほれ、ここでお別れやし。めそめそと泣いてばかりはいかんよ。頑張りや……」
「お、おじさん……おじさんは__ついてきてくれないの?」
「さっきも言ったんやが……おじさんはこの小舟を動かしてお前さんみたいなお客さんを《逆ノ目郭》まで案内すんのが役割や____それ以外、何も出来んのや」
その時、尹儒は船頭の男の両足が木で出来ている小舟の一部と同化して蔦が彼の両足首をぐるぐる巻きにしている事に気付いた。
まるで、船頭の男をこの小舟から決して逃がさない___といわんばかりだ。
このままでは埒が開かないと悟った船頭の男は、舟付き場の上に強引に尹儒の体を押しつつ降ろした後、二度と此方を振り向く事なく白い霧がかった大海原へと戻って行ってしまい__暫くすると完全に姿を消し去ってしまった。
再び凄まじい不安と恐怖に襲われた尹儒は、止めどなく溢れる涙で着物の袖を濡らしながら__とぼ、とぼと当てもなく歩き始めるのだった。
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