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第20話

「ま、待って___待ってよ……」 赤い帽子を被った男を必死で追いかける尹儒だったけれど、着物の裾が手に届きそうになったというのに、まるで手応えがなく__勢いよく前のめりになってしまったせいで地面に倒れ込んでしまった。 その途端に、周りの通行人達から感じる様々な視線____。そして、前のめりに倒れてしまった己を嘲笑うかのような笑い声。王宮にいた時は周りの守子達から過剰なくらいに甘やかされて、今のように転んでしまった時にはすぐさまお付きの守子達が駆けつけてくれたというのに。 得たいの知れないこの場所には、自分を気遣ってくれて駆けつけてくれる存在がないという事に気付いた尹儒は再び火がついたかのように泣き始めてしまう。 そんな時___、 「あーあ……ここの輩はほんに冷たいやっちな。こげな童子が泣いとんやき、助けてやってもいいやっちのに__ほれ、おじちゃんとこに来いや」 「お、おじさん……だれ……っ……」 泣きじゃくって言葉がうまく出てこない尹儒だったけれど、自分に優しく声をかけてくれた男の好意に甘えて差し出された手をぎゅっと掴む。男は決して身なりが良いとはいえず、襤褸を身につけていたものの笑顔がとても良く、ほっと安堵した。ただ、ひとつ尹儒が気になったのは男から漂う酒の香りだったけれど、母である魄が口を酸っぱくして言っていた『尹儒__もしも困っている時に誰かから助けてもらったら、ひとまず感謝しなさい。ただし……』という言葉を思い出した。その後も、母が何か言っていたような気がしたもののどうしても思い出す事が出来なかった尹儒は男に言われるがままに後を着いて行った。 ◆ ◆ ◆ 「お、おじさん……ここ___どこ?こんなところに美味しい御菓子なんて……」 「おい、おめえ……どうせ、これから【逆ノ目廓】か【神室屋】に売られる予定の童子やろ?身につけてるもんは薄汚れてるが――見た目は良いっちな____わしにも、味見させるっち……助けてやったんやき……それくれえしたとこで罰は当たらんやろ」 人気のない場所に来た途端に、酒くさい男は人懐っこい笑顔から__にい、と口角をあげて獲物を見つけだといわんばかりの恐ろしい笑みを浮かべつつ無防備な尹儒の小柄な体を壁に力強く押し付け、尚且つ着物を脱がそうとしてきた。 そして、はだけた着物から覗く尹儒のぷくりと膨らんだ乳首に生暖かい男の舌が当たり、べろりと厭らしい動きで何度も舐めあげてから、ふいに男の膝が震える尹儒の下半身のある箇所をぐりっと擦りあげた時___、 「や……んっ……やだ……っ……!!」 本能的な危機感を抱いた尹儒が必死で男の股間を蹴りあげると、一瞬だけ男が怯んだ。その隙に、身なりなど構わず尹儒は無我夢中で駆け出して逃げ出すのだった。 しかし、尹儒は童子___。 童子である尹儒が大人である男の股間を蹴りあげただけでは充分な抵抗が出来たとはいえず、後ろから酒くさい息を放ち怒鳴り声をあげている男が追いかけてきているのが分かると咄嗟にある店先の入り口に置かれている大きな壺の中に隠れた。少し距離感があるため後ろから追いかけてきている男にはおそらくだけれど気付かれてはいない筈だ、と尹儒は走って逃げながら必死で考えたのだ。 その壺は童子である尹儒の身を隠すにはちょうど良い大きさだった。しかし、ひとつ問題がある。その壺の中には__得体のしれない肉(おそらくは動物のだ)が詰まっていて、酷く臭いのだ。ここから出る頃には、肉の匂いが染み付いてしまっているかも__と考えると、またしても尹儒は目に涙を溢れさせつつ声を押し殺して泣いてしまうのだった。

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