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第21話
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ひたすら、追いかけてきた酒くさい男に見つからないように息を潜めてやり過ごしていた尹儒だったけれど、いくら己の身がすっぽりと収まるくらいに大きいとはいえ生臭さを放っている壺の中に長時間いるのには耐えきれず__おそるおそる蓋を外すと、慎重に辺りの様子を見回した。
幸いな事に、先程の酒くさい男の姿はなく店主らしい人物の姿もなければ客の姿も見えない。看板には【屋 室 神】と書かれているものの童子でありずっと王宮で暮らしてきた王子でもある尹儒は漢字が碌に読めないため、頭の中が疑問で埋め尽くされてしまった。しかし、先程の酒くさい男の言葉をふっと思い出した。
【かみむろや】と【さかのめくるわ】__。
確か、そんな事を酒くさい男は言っていたというのを尹儒が思い出すとここにきてようやく店先に出てきて掃除をし始めた自分と同じくらいの男童へとゆっくりと歩み寄って行く。
何だか、活気がなくぼうっとしている男童で__箒を持つ手をせっせと動かしているにも関わらず、その目は先程の船頭の男の人みたいにどこか遠くを見つめている。よくよく見てみると、海の方をじっと穴が開くくらいに見つめ続けていて尹儒はその男童に声をかけるのを少し躊躇してしまった。
「あ、あの……っ……かみむろや__って、どこですか?」
「…………ここ……神室屋だよ」
「さ、さかのめくるわって……どこですか?」
「____あそこ……」
海の方を見つめたまま__その男童は指を差しつつ教えてくれた。尹儒が母に言われた通りにしっかりとお礼を言おうと振り向いた時には、既にその男童の姿は消えていた。
(きっと……お店の中に戻っちゃったんだろう……とにかく――さかのめくるわって所に行かなきゃ……)
生臭い着物が気持ち悪いな、と思いつつ尹儒は神村屋の前でお辞儀をしてから、【逆ノ目廓】へと向かう事にした。
その時___、
どんっ…………
通行人達の姿は少なくなっていて油断しきってしまっていた尹儒は、ふいに誰かとぶつかってしまった。
ちゃりん……っ……と音を立てて尹儒が身に纏っている生臭くなってしまった着物の懐から小銭が数枚落ちた。しかし、王宮育ちで童子の尹儒が小銭など元々持っている筈もなく何故小銭が落ちてしまったのか理解出来ない。
この訳が分からない場所に来てから尹儒が接触したのは、優しい船頭か酒くさい男しかいない。あの酒くさい男がしたとは到底思えなかった尹儒は海の方に視線を向けて、今度は寂しさからくる涙ではなく有り難さからくる暖かい涙を浮かべながら深々とお辞儀をした。
とん、とん……
「ねえ、これ……落としたよ?」
「あ、ありがとうございます……っ……」
と、背後から肩を軽くたたかれて振り向いた尹儒はあまりの驚きに言葉を失ってしまった。
そこには、落とした小銭を差し出しながら穏やかな笑みを浮かべてくる母によく似た男童が立っていたのだった。
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