26 / 70
第26話
◆ ◆ ◆
所変わって、此処は王宮の【鳳王の間】____。
現王である燗喩の息子であり、次期王位後継者候補という立場の【尹儒】が王宮からいなくなって行方不明中という事と、その他にも妃宮の実質の支配者であり薊の姉でもある【葉狐】が何者かによって殺害された――という大惨事がほぼ同時に起こったため、ただでさえ日々の公務に四苦八苦している世純は強烈に襲ってくる眠気を堪えつつ、この【鳳王の間】へと駆けつけたのだ。【鳳王の間】は、かつて前代王である【屍王】がよく《御前会議》と称して王宮の問題事や政治に関して守子達と共に話し合っていた場だ。
因みに、前代王の【屍王】と世純が初恋だと自覚した相手【美珀(黒子)】との間にできた【珀王】という男童も行方不明中だと耳にした。
(妃宮の支配者ともいうべき葉狐様が殺害され、同時に燗喩の息子の尹儒という男童、しかも我と薊が手塩にかけて育て上げた珀王が行方不明など――こんなにも惨事が続くものだろうか……どうにも、怪しい……)
そんな事を思いつつも、世純は眠気に襲われる己の身を引き締めるために固く目を閉じて深呼吸をした。妙な胸騒ぎがする、と――冷静な世純にしては珍しく額に冷や汗を浮かばせつつ、おそるおそる扉に手をかける。
きらびやかな黄金で造られ、前代王が異国から取り寄せたという赤、緑、紫、橙といった宝石が嵌め込まれた異国の架空上の鳥__【鳳凰】が緊張で冷や汗を流す世純を値踏みしているかのように待ち構える。今にも動き出しそうなくらいに精巧な造りの【鳳凰】を目の当たりにして、世純はごくっと固唾を飲み込む。
ぎぃっ…………
「……っ____!?」
世純が【鳳王】の間に一歩、足を踏み入れた途端に到底信じ難い光景が飛び込んできた。
まず、世純の目に入ってきたのは__玉座を取り囲むようにして座っている何十人もの守子達の姿だ。それ自体は、かつての御前会議の時にも見慣れていたため不思議ではなかった。
世純が【鳳王の間】に一歩踏み入れた途端、一斉に蛇のように鋭い目を向けてきたのも、かつての御前会議の時とほぼ同じ__。王宮という狭い鳥籠の中で、《権力に対する欲・周囲の者に対する嫉妬欲・》から抱く疑心暗鬼に陥り誰をも信用出来ない事などずっと【屍王】に支えてきた世純には既に見慣れた視線だった。
しかし、問題は身分によって定められ赤と黒の烏帽子を被る守子達の異様な姿と普段は考えられないような奇行をしている事だ。
「あ、薊……っ……!?貴様ら、薊に何をしておるのだ……っ__すぐさま、其処から離れろ」
守子達は、玉座の間近で倒れている薊に群がり、事もあろうに__皆が皆、ひれ伏すようにして跪きながら碌に衣服を身に付けていない薊の赤ん坊ように滑らかで美しい柔肌を無我夢中で舐めていた。
そんな光景を床から僅かに高い玉座の台から見つめる影が二つ____。
雛飾りの女雛と男雛のように隣合って台座に座っているのは、どちらも世純が見慣れている人物だ。とはいえ、【鳳王】の間の内部は少ない蝋燭の炎だけで照らされているため暗闇に包まれている。今まで公務で幾度となく交流があった守子達の奇行に対して呆気にとられていた世純が、その二つの影の正体を明確に認知出来たのは足を踏み入れてから少しばかり経った時の事だった。
「は、魄____それに、貴様は……木偶の童子……い、いや……今は魔千寿と改名した術師ではないか……っ__何故に、貴様ごときが此処にいる?ここは、王宮の王が座する場……燗喩は何処にいったのだ!?」
情けなくも、普段は極めて冷静で滅多に取り乱す事のない世純は震える声で余裕そうな笑みを浮かべている魔千寿へと尋ねるのだった。
ともだちにシェアしよう!