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第31話

「ああ、善きかな――善きかな……世純様__その絶望に染まる貴方の顔を見るのは極上の酒の肴となるやんな。今宵は月が綺麗やき……」 己の意思ではどうすることも出来ず歩を進めるしかなかった世純は、思わず不快になるような愉悦さに満ちた不快な笑みを浮かべ続ける魔千寿の前で唐突に足を止める。 いや、止めざるを得なかった____。 この空に青白い満月が浮かぶ暗闇と金枝雀に絡まる白蛇のいる【奇妙な世界】に強引に連れて来られて尚且つ、忌々しい【魔千寿】という存在によって支配されている空間に孤独なまま放り込まれてしまっている己など、奴にとっては都合のいい操り人形でしかなく、ましてや抵抗する術さえ持たない己は魔千寿の手のひらで転がされてしまっているに過ぎないのだ。 ふと、今まで真上の青白い月を見上げていた魔千寿が違う行動に出る。ことり、と手に持っていた赤黒い盃を盆の上に置いた後、その他に置かれている酒の肴に手を伸ばして拾い上げる。 何を企んでいるか分からない魔千寿の行動に危機を抱いた世純は、ちらりと盆の上を一瞥した。何か、武器となりうる危険な飲み物や食べ物が盆に乗っかっているかもしれないと疑いを持っていたからだ。 とはいえ、食べ物や飲み物に何らかの毒が入っているかなんていうのは実際にそれを食べてみないと分かりようがない。 にこり、と笑みを崩さず所々黒ずんで形が崩れかけている柿を持つ魔千寿の手が徐々に世純の方へゆっくりと近付いてくる。 (この男__よもや、我に毒入りの柿を食べさせるつもりか……っ……) 眉をひそめつつ、首を捻りながら柿を食らわんと必死で抵抗しようとしていた時だった。 べちゃっ____ と、世純の耳に嫌な音が聞こえてきた。 柿が地面に落ちた音____。 泥にまみれ、潰れかけた柿に周りの【餓鬼が如く変化した守子】の群れが目を光らせて爛々と目を光らせながら集まっていく。群れの中には、すでに息耐えたかのようにぐったりと動かない者もいる。 柿に群がる卑しい守子達の口元は、どす黒い血で汚れている。涎が垂れているのも、何とも卑しい光景だ。 「ほれ、周りを見てみるんや――世純様。餓鬼の如く、むしゃむしゃと腐った食べ物や同じく公務している仲間まで食らい続ける守子なんていうもんは……この世に必要ないと思わんか?口では互いに媚びてはいるが、己の出世にとって邪魔やと思った存在は――どんな手を使ってでも消し去る。陰口、騙し、拷問__挙げ句の果てに殺人や……王宮という鳥かごの中は、そんな奴らの掃き溜めやんな」 「____つまり、結局は何が言いたい?貴様は、何がそんなに愉快なのだ!?」 ふつ、ふつと沸き上がってくる怒りが頂点に達する。怒りに支配され、般若のような顔つきになりつつ迫ってくる世純。そんな彼を目の当たりにしても愉悦の表情が崩れ去ることのない魔千寿の態度を見て激しく燃え盛る怒りの衝動が耐えきれなくなった世純は遂に彼の胸ぐらを掴む。 それだけではない___。 激しい怒りに支配された世純は魔千寿の雪のように白く、力を少し込めれば折れてしまいそうなくらいに細い首に手を食い込ませ――そのまま、我を忘れてゆっくりと絞め上げていく 。

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