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第32話

◆ ◆ ◆ 「せ、せ……じゅ……ん……っ____」 「な…………何だと……っ……!?」 確かに、世純は魔千寿の首を締め上げている――筈だった。 しかし、そうと信じて疑いすらかけなかった世純の目に飛び込んできたのは、王宮の支配者である証の王衣を奪われ薄い白衣しか身に纏っていない燗喩の姿だったのだ。 しかも、両手両足ともに麻糸の縄できつく縛られ玉座の真下に膝まづかされているような格好の燗喩は生気を失ったかのように空虚な瞳で此方を見つめて世純の名を力無げに呟いた。 「ああ___それでこそ、麗しき世純様。かつて、燗喩を憎らしく思っていたのは……誰よりも貴方さまだった筈やんな。出世の邪魔をして燗喩。そして、少なからず好意を抱いていた王妃様を奪った燗喩。喉から手が出る程に欲しかった王の座を難なく勝ち取った燗喩。燗喩は今でも世純様にとって邪魔な存在であるんではないんか?さあ、そのまま桜の木の枝を折るように燗喩の首も……っ____ぽっきりと折るやんな」 「ざ、戯れ言を……っ____」 と、どんなに世純が憎らしく思いながら唇をぎりっと噛み締めつつ魔千寿を鋭く睨み付けようが、燗喩の首から手を離そうと試みようが__まるで、目に見えない透明な何かから半ば強引に押さえ付けられ操られてしまっているかの如く、自分の両腕だというのに自由が効かない。 そして、無慈悲にも__どんどんと燗喩の首を締め上げていく。 このままでは、本当に燗喩の首を折ってしまいかねない――しかし、抵抗する術がないと世純が絶望しかけた時の事だ。 蝋燭の揺らめく炎で照らされた薄暗い《鳳王の間》に異変が起きた。玉座に悠々自適に座り、世純と燗喩の哀れなる様を傍観していた魔千寿の胸にぎらり、と光る銀色の刃が突き刺さったのだ。 どさっ__と事切れた操り人形のようにその場に倒れ込む魔千寿。半開きとなった口からは赤い液体が流れ落ちていく。床に、ごろりと転がった誰のものかも分からぬ頭骸骨に飛び散っていき汚していく。 そして、それと同時に玉座の背後から現れたのは__魔千寿の操りから解放され慌てて燗喩の首から手を離した世純も、そして激しく噎せ込む燗喩でさえも予想だにしていなかった人物だった。 「き、貴様は__確か、魄の……幼なじみとやらの――」 「____翻儒だ。覚えておけ……俺は、お前に借りを作った……もう二度と、助けたりはしない……呆けていないで、さっさと魄を助けろ__燗喩よ、貴様は今の王宮の王であり――魄の旦那なのだろう?」 般若面で顔を覆っている男――かつて魄の幼なじみであり、魄の母親の尹と共謀して王宮での殺人事件を起こした【翻儒】が日本刀を手に持ちつつ立っていたのだ。本来ならば牢屋に入れられて罪を償っている最中の男が、いつの間にか《鳳王の間》に侵入していた事に燗喩だけでなく世純も驚愕した。 ハッと我にかえった燗喩は慌てて玉座の右隣に座ったままの魄を救うため、もたれる足に鞭打ちながら前へと進んでいく。 それとほぼ同時に、世純も囚われの身となってしまっている薊を救うべく前へと進んで行こうとした時に床にあるべき筈のものが無くなってしまっている事に気付いた。 先ほどまで____床に転がって血を流していた筈の魔千寿の死体が忽然と消え去ってしまっているのだった。

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