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第33話
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ふっ__と目を開けた時、世純は燗喩と共に盃をゆらゆらと揺らしながら鼻歌まじりの魔千寿と対面していた。
先ほどまで、騒ぎに巻き込まれていたのが夢うつつのようだ。しかし、魔千寿の寝所へと足を踏み入れていた時にはいなかった筈の翻儒が刀を手にして尚且つ、魔千寿の首筋に刃先を突き付けていたのを目の当たりにして呆気にとられてしまう。
「貴様――何故、このようなことをした……っ……まして、魄を巻き込んでまで……何故、貴様の怪しげな幻術で__燗喩や世純にまで危害を及ぼそうとしたのだ!?」
「おお、怖いなぁ……怖いやきなぁ。現王妃様の幼なじみとやらは__粗暴で血気盛んやんな。しかしやな、翻儒よ……そんなお主の姿など……母は見たくはないんやき、少しは落ち着いたらどうや?」
翻儒が途徹もない怒りに震えながら、へらへらと笑みを浮かべ続ける魔千寿へと言い放つ。しかし、そんな翻儒をからかうかの如く魔千寿は盃に入っている赤い液体をくいっと飲み干した。
つう、と__魔千寿の口元から血のように真っ赤な液体が溢れる。そのせいで、奴が片手に持ったままの頭蓋骨をぽた、ぽたと赤で汚すのだ。身に付けている薄い素材で作られた寝衣の胸元がはだけているせいで、自然と雪のように真っ白な彼の肌も赤で濡れる。その様は、とても妖艶で――だからこそ逆に、へらへらと愉快げに笑みを浮かべ続けている魔千寿に対して不気味さを感じてしまう。
首筋に刃先を突き付けられているという恐怖に支配されているにも関わらず、魔千寿はまるで玩具を見つけた童の如く、無邪気そうなのだ。
その差異が、世純も――はたまた燗喩も恐ろしくて堪らず呆気にとられて言葉すら発することが出来ないのだ。
「は、母――だと……な、何を……ぬかしている!?俺の母は、俺の母は……っ____」
「前王妃だった、尹様やんな?わかっている……そんなんは――とうに、わかっていたんやき。やけどな、我には夢があるんやな。魄様という麗しの王妃を娶り、この国の新たなる王となる……そんなささやかな夢や。そのためには、我に忠誠を誓い、心からの理解者――まあ、要は仲間が必要なんやき。古き世を捨て、新たなる世を作り直す。それが我の尊き夢……我が息子、優秀な赤守子の世純、王だった燗喩……我の尊き夢を受け入れて新なる世で共に暮らす気はないか?」
紅を塗ったかのような妖艶な口元を真上へと引き上げ、尚且つ手に持っている盃を呆気にとられたまま警戒心を剥き出しにしている世純らへと差し出してくる魔千寿____。
(この男は危険だ、慎重に相手をせねば何をされるか分からない――)
互いに欠けがえのない存在である魄(薊)を人質として奪われている燗喩と世純にとって、魔千寿に対して迂闊に反応できず地蔵のように立ち尽くしたままだ。
しかし、翻儒だけは違うのだ。
手には刀を持ち、般若さながらの険しい表情を浮かべて尚且つ玉座に悠々と座り続ける魔千寿に突進するかのように素早い動きで駆けて行くと、そのまま銀色にぎらりと光る刀を獲物の首を切り落とさんばかりの勢いで斜めに振り下ろすのだった。
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