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第34話
「ざ、戯れ言を申すな……っ__俺の唯一の友を巻き込み、身勝手な貴様を……母とは認めない……俺の母は魄の母でもあった尹様であり、俺の父はとうの昔に天に召されたのだ……」
「そうやんな、そうやんな……だが、我が息子の翻儒よ……僅かに間違っている事があるやき__訂正させてくれると嬉しいやんな」
翻儒が鬼のように激しい怒りを込めた形相を浮かべたまま日本刀の刃を魔千寿の首に 振り下ろそうとしたのだが、それは容易には叶わなかった。へらへらと笑みを浮かべつつ魔千寿が銀色に光る刃をぎりり、と音がしそうな程に片手で握り締めて翻儒の動きを制止させているせいだ。
「____っ…………!?」
ぼた、ぼたと__魔千寿の赤黒い血が口元に薔薇の花を咥えた髑髏へと降り注いでいく。単に降り注いでいっている訳ではないことに、周りにいて呆然と事の顛末を見守ることしか出来ない世純と燗喩までもが通常ならば起こり得ない筈の常軌を逸した異変に気付いたのだ。
勢いよく流れて止まることを知らない魔千寿の血は床を濡らすことなく髑髏へと吸収されていく。吸収されていく度に、髑髏は本来の人間の姿へと変化していくように世純と燗喩の目に映っていくのだ。
二人はあまりの光景に息をのむ。
本来であれば絶対にあり得ない筈の前代未聞の光景が目に飛び込んできたのだから無理はない。
「し、死者が__生き返る、とは……これ如何に!?我々は夢でも見ておるのか……っ……?」
「あ、あれは___かつて、王宮の中庭の池にて無惨にも殺害された――凶善ではないか。何故、このような…………」
そのように世純と燗喩が騒々しく疑問を口にしていたのが魔千寿の気にさわったのか、二人は突如として抗いがたい強烈な眠気に襲われてしまった。背後から、今までだんまりだった黄蝶と花蝶が抱き付いたとほぼ同時に世純と燗喩の耳元で何か呪文のような囁きを唱えているからだ。
「愛しい翻儒、お前の本来あるべき筈だった父は__新しく生まれ変わったんやき。醜い幼虫が美しい蝶へ成長するかの如く生まれ変わったということやんな。新しく生まれ変わった彼が……国の支配者となり、家族みんな幸福に暮らす。翻儒よ、お前は本来父となる筈だった人と共に幸福に暮らす――家族という理解者が誰もいなくなった惨めな今と違って、新しく生まれ変わることで救われる……さあ、母の手を取ってくれ……息子よ」
「断る……っ____そんなのは紛い物の家族の絆だ!!」
ぴくり、と翻儒の言葉に反応を示した魔千寿は途端にだらりと腕を下ろしてしまった。そして、どことなく悲しげな頬笑みを浮かべながら息子の翻儒へと近づいていくと____、
「おやすみ____翻儒。世純と燗喩と共に……せいぜい、これからの嵐世を楽しむといいやき。ただ、新しい父を受け入れるまで何処までも何処までも――追い詰めてあげるやき……覚悟するやんな。此方側は一筋縄じゃいかんやな……禍厄天寿様の力は、常軌を逸してるやきな」
ぎゅうっ____と魔千寿が日に焼けた逞しい翻儒の体を抱き締めて耳元で息を吹き掛けると、徐々に翻儒の意識は失われていき、やがて暗転するのだった。
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