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第38話
◆ ◆ ◆
「遅い……っ____全く、既にお客様がお待ちかねだよ……それも、よりにもよって上客中の上客だ。一鷹・二烏・三蛇のお三方だ。何処で油を売ってたんだい!?」
『申し訳ありません……女将さん。街中ではぐれ者を見かけまして、ついついお世話を……これで勘弁してくださいな?』
そう言いながら【親月・鬼灯花魁】は全身が灰色となり死んだ魚のような目をした活気などまるでない女将に熱心に謝ると、黄金を手渡した。
【新月鬼灯花魁】のさす番傘により、血怪雨をかわしつつ逆ノ目郭にたどり着いた尹儒と珀王ら必死で息を殺しながら中に一歩足を踏み入れた。
建物内部に入ったため、さすがに番傘をさす訳にはいかず――その代わりといっては何だけどと【女白・金魚草】から桃色の羽衣に身を覆われているのだ。彼らの説明によれば、この羽衣の中にすっぽりと覆われていて尚且つ声を少しでもあげない限り、郭街をさ迷い続けるうねうねと奇妙な動きをしている全身真っ黒の通行人《影ゆら》や、郭内に来る客であり《妖人》――それに、今の【新月・鬼灯花魁】や【女白・金魚草】のようにまるで腐ったかの如く青白く中にはドス黒い肌をして生気のなさをあらわにしている《腐人》と呼ばれている花魁や目の前にいる女将などに存在が気付かれることはよっぽどのこがない限りあり得ないらしい。
呪いがかけられている夜の間は、《影ゆら》《妖人》《腐人》の狂暴性が増してしまい生者は格好の餌食となり最悪の場合、活気をちゅうちゅうと吸われてしまいこの世に引き摺り込まれるか、ましな場合だとしても廃人同様になってしまうと【親月・鬼灯花魁】と【女白・金魚草】が教えてくれた。
【親月・鬼灯花魁】や【女白・金魚草】は今まで哀れな生者達の末路を見て、心を痛めて色々と試行錯誤をし__ようやく、尹儒や珀王を生者だと認識しても危害を加えないために自制する方法を成功させたらしいのだ。
そのせいか、二人の顔には安堵の表情が浮かんでいるのを尹儒も珀王も何となく理解していた。
そんな時____、
「女将さん、女将さん……愚生が贔屓にしておる、めんこい童子は何処にいるのか?愚生は、あの童子でないと胸が妙に騒ぐためゆえな――。だが、百歩譲って童子ならば他の誰でも善き、善きだ。ただし、童子でなければ、この郭に罰を与えようぞ?」
「こ、これは……これは__蛇之・愚生様。申し訳ありません。ご贔屓にしていた童子は……そのう、先日やむを得ぬ事情がありまして処分致したのでございます。誠に仰り難いのですが、他の童子が今は空いておりませんで……代わりに、この鬼灯は如何でございましょう__童子、とはいきませぬが……それなりにご期待に添えるかと……っ……」
女将が分かりやすい程に、びくっと大きく体を震わせて動揺しながら急に現れ【蛇之・愚生】と呼ばれたお客様とやらのご機嫌とりをしている。その片隅で、幼い尹儒はあまりの驚きから、思わず声を出してしまいそうな程に【蛇之・愚生】と呼ばれたお客様は異様な見た目をしてしまっている。
そのため、咄嗟に身を寄り添い桃色の羽衣で存在を共に隠している珀王が恐怖に怯えて【女白・金魚草】の忠告を守らず悲鳴をあげようとしていた尹儒の口を少し強めに抑えるのだった。
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