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第52話

ふいに、ぴたり――と足を止めた。 焼け焦げたような微かな匂いと、魚が発する生臭い嫌な匂いが漂ってくるのは――これらの建物の方からだと気がついたからだ。 建物は、ふたつある。 ひとつは、かろうじてそれが建物だったというのが分かるくらいに崩れ落ちているもので、此処から焼け焦げたような匂いが漂っている。 もうひとつは、花も実もつけていない大きな木がそびえ立ち、入り口に大きな坪がいくつも置かれているもので、此処から魚の生臭さが漂ってきている。 幼い尹儒は、考えた。 今までずっと王宮で暮らしてきて、更に身の回りの世話は全て守子や付き人に任せっきりで王妃である母に守ってきてもらった王子は初めてといっていいくらいに自分の頭でこれからどうすべきなのか考えた。 そして、遂にこれからすべきことを誰の力も借りずに自分だけで考えて導き出した。 (とりあえず、何か気になるものがないかどうか見てみよう――そうすれば、あのお兄ちゃんの言ってた……《かみむろや》というところが見つかるかも……) あのお兄ちゃんとは、むろん――先程、あぶなっかしい尹儒に対して警告をしてくれた《不思議な存在》のことだ。 尹儒は、つい先刻《あのお兄ちゃん》から警告された記憶を思い出すと、無防備に手がかりになりそうなことに突っ込んでゆくのではなく、きちんと自分の命を脅かす危険であるのかどうか考えてから慎重に行動しなければいけないことを学んだ。 だからこそ、周囲の様子を観察しながらむやみやたらに危険なことに突っ込まず、結果的には《焼け焦げたような匂いのする建物》からは【白い筒の万華鏡らしきもの】を見つけ、更には《魚の生臭さが漂う建物》からは【ひとつだけ蓋が閉まっている大きめの壺】を見つけ出したのだ。 そのうちの、ひとつ――《白い筒の万華鏡らしきもの》を覗いて、くるくると回してみたが、普通であれば現れるはずの模様が何も見えてこない。 どんなに動かしてみても、単に所々小さなひびが入っている鏡面ばかりが飛び込んでくるだけだったため、がっくりと肩を落としてしまう。 しかしながら、尹儒はこれを見つけ出したのも、きっと何かの縁だと思い直すと、それを懐にしまった。 となると、残る手がかりは《ひとつだけ蓋が開いている大きめな壺》だけだ。 いくら《不思議なお兄ちゃん》から真実の勇気を学んだとはいえ、決して不安と恐怖心が全くないわけではない。 けれども、大きめな壺の中身を己の目で確かめることは、決して当てずっぽうな考えからくる無茶ぶりではなく、【珀王を見つけ出して救う】という目的に必要なことだと自分の頭で判断した尹儒は心の奥底にある恐怖心を押し殺すと、ひょいとその中を覗き込むのだった。

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