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第62話

「……うっ…………んん……っ____」 単に、数十本もの【怪物の足】である触手に巻き付かれてしまい自由を奪われてしまっただけではない。 触手の空洞から突如として出現した《人間の舌のような物体》に体を舐められてしまっているせいで妙に火照りを感じ、それと同時に尋常ではないほどに激しい痒みも感じてしまう。 更に、最悪なことに意思を持っているかのように自由自在に動き尹儒を捕らえている【怪物】の一部である触手は、彼が身に纏っている衣服さえも、まるで人間が紙を破くかのような動きで剥いでしまったのだ。 尹儒は、今やほぼ生まれた姿の状態となり――【怪物】に囚われの身となっている。 【怪物】の触手の力は、物凄く強力なため幼い尹儒ごときの力では逃げられそうにもないのは、端から見ても明らかだ。 ここにきて意外なことに、奇妙かつ危険な事態に陥っているにも関わらず、今の尹儒の頭を占めている感情は「気持ち悪い」だとか「早く逃げたい」といった負の感情ではなく、むしろ真逆の感情だ。 蛸のような【怪物】の触手の吸盤から生えた【人間の舌のような器官】によって、その身をべろべろと舐められた尹儒を真っ先に襲った感覚は《激しい痒み》であり、普通であるならば耐えられないような状況といえる。 だが、尹儒はそれと同時に激しい快楽を覚えていた。 それは、かつて王宮にて王妃である母や王父である父と共に幸せな日々を過ごしていた時には決して有り得ないことだ。そもそも、具合が悪くなればすぐに専属の医師が駆けつけて治してくれていたし、外に出られないといった多少の息苦しさを除けば【苦痛】とは無縁の世界で暮らしていたのだから肉体的な不調や苦痛などには慣れていない。 それにも関わらず、現に今の尹儒はこの奇妙かつおぞましい状況に酔いしれてしまっている。 つい先程まで側にいた筈の珀王の姿が、いつの間にやら周囲に見当たらないことに気が付いても、困惑を露にすることすらなくお構い無しに【怪物】からもたらされる快楽に溺れてしまっている。 霧に支配され白く染まる周囲から聞こえてくるのは、【怪物】の一部分である《足》が成長しきれていない、今はまだ【種子】――あるいは【蕾】で留まっている小さな体を好き勝手にむさぼり舐め尽くす粘液まじりの不快な音。 そしてこの場にいる者の目に映るのは、【蕾(または種子)】であるがゆえに、妙に色っぽくも感じられるような矯声を半開きの口から漏らす尹儒のあられもない姿だ。 とはいえ、今ここには人間と呼ばれている存在は――尹儒しかおらず、【怪物】の手中にばってしまい身動きすら碌にとれなくなった尹儒を助ける《協力者》など居なくなった。 珀王は、依然として――姿を見せない。

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