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第4話

 五校時目と六校時目は美術の授業で、二人は隣同士に並んで作業台に向かい、和紙を使ってちぎり絵をした。  植物や風景など何かしら目で見て伝わるように具象化しようと生徒たちが四苦八苦する中で、倫だけはところどころ水色の和紙を貼り、濃さの違う緑系統の和紙をちぎって画用紙いっぱいに貼って、 「よし、できた!」 と顔を上げ、背筋を伸ばした。 「何、これ」 稜而は作品の天地もわからず、左右に首をひねりながら作品を見た。 「森で見上げた空」 言い切られて、反射的にうんうんと頷いたが、また首をひねる。 「なるほど……。うーん?」 ぼんやりした画面でよく分からないなと思っていたら、美術教師がやってきて、倫の作品を覗き込み、画面のふちのあたりを指で示した。 「葉っぱだけが宙に浮いているということはないから、茶系の和紙で紙縒りを作って枝を貼ったらどうかな? 画面が引き締まるよ」 試しに紙縒りを作って画面の端に置いて見せると、一気に緑色の和紙たちは木の葉らしくなったが、倫は首を左右に振った。 「アドバイスありがとうございます。でも枝を入れると現実に引き戻されて、僕が感動したときの気持ちが損なわれるから、できればやりたくありません。これは写真じゃなくて、緑色の空を見て感動した瞬間の気持ちです」 美術教師は頷いて、木の枝は入れなくていいことになった。  稜而は黒と茶と白の和紙で、まだ小さくて可愛らしいコリー犬を描こうと画用紙よりも指先に多く和紙をくっつけながら、倫に聞こえるだけの声で話し始めた。 「俺、美術の授業なんて息抜きか、文科省の定めに従って仕方なくこなすものだと思ってた。美術の先生を相手に自分の表現について主張するなんて考えたこともなかったけど。素晴らしいと思った」 「ありがとう。相手のいいと思ったところを、正直に言える稜而も素晴らしいと思う」 二人は横目で互いの顔を見て、それから理由もわからず破顔し、肩をぶっつけあって笑った。  さらに倫が体重を掛けて寄り掛かってきて、稜而は笑いながら肩で押し返す。 「やめろって、まだジョンの目を貼ってるんだ」 「ジョンっていうの? 飼ってるの?」 倫は、面長な三角の顔と下向きに垂れている三角の耳、貼り付けられたばかりの黒い鼻を覗き込む。 「ううん、隣の家の犬。よく塀の下をすり抜けて遊びに来るんだ。人懐っこくて可愛い」 「いいな。僕も犬が好きなんだ。でも留守番の時間が多くなって可哀想だから、飼えない」 「今度、ウチに遊びに来れば。昼間なら、呼べばすぐにジョンが遊びに来る」 「マジで? じゃあ遊びに行こうっと。どこに住んでるの?」 「大咲(おおさき)。知ってる?」 「知ってる。僕、恵比須(えびす)だもん。大咲、伍反田、芽黒、恵比須。三駅しか離れてない。大咲って、再開発が始まるらしいじゃん」 稜而はうんうんと頷いた。 「大咲製薬の工場が移転して、跡地をビルやマンションにするみたい」 「そうなんだ。川沿いにずっと大きい工場があったけど、最近、工事のパネルで覆われてるなって思ってたんだ。……ウチは写真美術館の近く。特に犬も猫もいないけど、よければ遊びに来て」 稜而はうんうんと頷いてから、首を傾げた。 「写真美術館って、面白い?」 「面白いよ。芸術写真も、報道写真も、いろいろ。瞬間を切り取ってる感じ。意図的なものも、偶然なものもあるし、意図して偶然を待ち構えてるものもある」 稜而はますます首を傾け、倫は稜而の肩を叩いた。 「百聞は一見に如かず。今度、一緒に行こう」 真っ直ぐに見つめられて、稜而はしっかり頷いた。

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