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第6話

 翌朝、稜而はいつもより一時間も早く起きてシャワーを浴び、鏡の前に立つと、棚に置かれている父親のハードジェルのチューブに手を伸ばした。  手のひらに受けて、恐る恐る両手を擦り合わせる。 「うわ、ちぎり絵よりベタベタ……」  鏡を見ながら父親を真似、両手で髪を後ろに撫でつける。  しかし短い髪は素直に後ろへ流れず、稜而は首を傾げてコームで撫でつけ、それでもダメで、さらにハードジェルを足して、手のひらで髪を頭皮に押し付けるようにしながらしつこく撫でつけると、ようやくオールバックになった。しかし稜而は唇を突き出し、眉根を寄せて、鏡の中の自分を睨みつける。 「この髪型、どっかで見たことある。……ホテルの宴会場、結婚披露宴で新郎新婦を先導してた人だ」 先日出席した親戚の結婚披露宴を思い出し、稜而は慌てて頭を振り、両手で髪を崩そうとしたが、いつの間にか毛束は固まり、大人しいハリネズミのようになっていて、洗面台に頭を突っ込んで水をかぶれば、いつまでもぬるぬるとぬめり続ける。 「うがーっ! もう!」 稜而は再びシャワーを浴びて、父親のメントール入りシャンプーを三回も使って洗い流し、結局いつもの自然乾燥に任せながら、駅までの道を走った。  駅の階段を上がっていくとすぐに真新しい学ランとスニーカーを穿いた足が目についた。  稜而の顔には自然と笑顔が浮かび、倫に近づくにつれて早足になった。 「倫、おはよう!」 「おはよう、稜而。暑かった? 走ったの?」 まだ湿っている髪に、倫の指先が触れた。髪がしゃりしゃりと擦れて、地肌まで手の熱と振動が伝わる。 「ちょっとだけ」 「七時半の待ち合わせじゃ、早かった?」 「ううん。俺もいつもこのくらいの時間。今日はちょっと整髪料をつけすぎちゃって、洗い流したから遅くなっただけ。……何か、いい整髪料を知らない?」 再び倫の指が稜而の髪に触れた。  ぞわり、と総毛立つ感触が、今は甘くくすぐったく思えて、稜而は素直に頭を差し出す。 「僕も詳しくないけど。ワックスなら扱いやすいんじゃない? ハードワックスで前髪を立たせてもいいかも」 「コンビニで売ってる?」 「ドラッグストアのほうが種類は豊富だと思う。帰りに行こうか」 再び髪を触られながら、稜而はうんうんと頷いた。
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