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第12話
稜而はチェスターフィールドソファに仰向けに寝転がったまま、倫の唇が触れた頬に意識を向けた。
膝枕、恋人つなぎ、頬のキス。
一連の流れが何度も繰り返して思い出され、同時に膝枕に頭を預けたときの安らぎや、つないだ手の熱、骨ばった指の絡む感触、頬への柔らかくしっとりした感触、鼓膜に残る「そろそろ帰る」、「お大事に」。
「お大事に……」
その言葉は、特に甘い響きがあった気がする。
稜而はクッションを抱えると、顔をうずめた。
「わーーーーーっっっっっ!!!!!」
ギプスを嵌めていない左足だけを振り上げて、バタバタと飴色の革を蹴飛ばした。
そして稜而は、急に全身の動きを止めると、クッションを胸に抱えて呟いた。
「倫に、キス……された……。うわーーーっっっ!!!」
再びクッションに顔をうずめて叫び、左右に転がって、頭から床に落ちて、逆さまの世界を見ながら、自分の頬の倫の唇が触れた場所を手で覆った。
学校から連絡が来たのは、午後一〇時近くになってからだった。
詳しいことは話せないが、と学校側は前置きしたが、主将は勉強に専念するため剣道部を退部、通学経路は地下鉄とバスに変更、稜而と倫への接触は禁止になったと言われた。
「そこまで主将が受け入れたってことは、痴漢行為を認めたんですか?」
「そこは今、先生だけの判断では話せない。察してくれ。とにかく明日から安心して登校してもらいたい。松葉杖で大変だろうけど、ラッシュの時間帯を避けて、気をつけて来なさい」
稜而は通話を切って、すぐにまた電話が鳴って、受話器を取り上げた。倫だった。
「そりゃそうだよ。痴漢と傷害だもん。警察沙汰にせず穏便に済ませるには、学校だってそのくらいはするよ」
「そっか」
「自分が、いい加減な対応したら弁護士連れて警察へ行くって、学校に突きつけたんだろ」
倫の笑い声が耳をくすぐる。
「……ずっと聞いてたい」
「え? ごめん、聞き取れなかった」
「な、なんでもない。その、ええと。倫とは、ずっと喋っていても飽きないなって思っただけ」
「ありがと。僕も同じこと思ってる。お喋りな男はカッコ悪いって言われるけど、稜而と喋るのはいつも楽しい」
稜而はぎこちなく微笑んだが、言葉は出てこず、倫も何も言わなくて、沈黙が流れた。それでも休み時間のイヤホンのように、互いの耳のあいだを電話線がつないでいるような感覚があって、稜而はそっと目を閉じた。
「……稜而、寝ちゃった?」
「ううん、起きてるよ。ごめん、喋んなくて」
「ううん。稜而とは、喋らないのも平気。……そう思うの、僕だけ?」
「お、俺も。俺もそう思う。なんで喋らないのも平気なんだろう?」
「なんでだと思う?」
「え?」
「子どもは早く寝たほうがいいよ。おやすみ。お大事に」
受話器から耳の中へキスの音が流れ込んで、通話が途切れた。
しばらくツーツーという不通音を聞いてから、稜而はいつの間にか止まっていた呼吸を再開し、顔面からベッドへ倒れ込んだ。
「わーーーーーーーっっっっっ!!!」
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