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第19話
途中駅で一人の妊婦が乗り込んできた。
ゆったりしたワンピースの内側は、スイカを抱えているかのように丸い。
ビジネススーツ姿の男性が席を譲り、女性は稜而の隣に座った。
どんな仕組みになっているのか。骨もないのにまさか筋肉と皮膚だけでこのスイカのような腹を支えているのか。人間が入っているって? 泳ぎ回っているとは本当だろうか。
「不思議?」
妊婦に問い掛けられて、稜而は背筋を伸ばした。
「すみません、じろじろ見ちゃって。不思議です」
正直な返事に妊婦は笑う。
「不思議よね。今、動いてるよ。触ってみる?」
「動いてるの? 触りたい!」
倫は積極的で、失礼しますと手を当てる。
「蹴られた! 妹がお腹の中にいたときと同じ」
稜而も妊婦に笑顔で促され、すみませんと小さく頭を下げて手を伸ばした。
「ここ、わかるかな」
妊婦が手を導いてくれて、まるでゴムボールの内側から押し上げてくるような感覚が自分の手のひらに伝わってきた。
「うわ。赤ちゃん? 何をしているんですか?」
「足の裏で手を押したみたいね」
「足ってわかるんですか?」
「何となく足の形かなってわかるわよ」
稜而は素直に疑問をぶつけた。
「お腹に別の命があるって、どんな感じですか? 赤ちゃんを産むのは楽しみですか? 怖いですか?」
「不思議な感覚よ。お腹の中で卵を温めているような、身体の中の水槽に生き物を飼っているような。先のことを考えたら不安と心配は尽きないけど、でもこの子と一緒に歩んでいけるから、とても楽しみよ」
「そうですか。俺の母親も楽しみにしててくれたのかな」
稜而は投函したエアメールを思い出しながら首を傾げた。
「もちろんよ」
二駅乗って、妊婦は二人に手を振りながら電車を降りていった。
「そっか。セックスの先には妊娠があって、家族が増えるんだ。告白は子孫繁栄プログラムの一環か」
「ん? 何か言った?」
倫に顔を覗きこまれたが、稜而は「うん、考え事」とだけ言い、いつの間にか恋人つなぎに戻っていた倫の手をきゅっと握った。
倫は小さくあくびをして、稜而の肩にもたれかかると目を閉じた。稜而は倫の頭の重みを受け止めながら、思考を続ける。
(鮮やかな飾り羽根を広げて見せて求愛のダンスを踊る鳥もいる。求愛が成功したら繁殖する。結局、告白はセックスの申し込みなのか)
「でもなぁ」
稜而は目を閉じている倫の顔を見て、繋いだままの手を改めて握り直した。
(大切にしたいんだ。無理矢理身体を押さえつけてセックスしたりしたくない。うん、俺は倫を大切にしたい。でも手を繋ぐとか、キスとか、そういうのはちょっとしたいな)
「そっか、これが俺の『好き』なのか」
稜而はうんうんと頷いて、倫の髪に頬を押しつけた。
(告白しよう)
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