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第21話

「校外学習にはぴったりな天気だねー!」  上野駅の公園口を出て、白い塗料が陽射しに輝く横断歩道の上をすたすたと歩き、倫は辺り一帯を見回した。 「ボートに乗るのも、動物園へ行くのもいいけど、まずは西洋美術館に行こうか。『美術館でデート』なんて、いかにもデート慣れしてない健全安全好青年みたいでいいよね」 「倫はデート慣れしてるの?」 背中へ問い掛けると振り向いた。 「訊いてどうするの? せっかく僕が言わずにいるんだから、余計な質問で過去をこじ開けないで欲しいな」 「ご、ごめん」 学ランの襟に埋もれるように首を竦めると、倫は声を立てて笑った。 「冗談だよ。でも、経験が豊富ですなんて言ったらいろいろ考えちゃうだろうし、まったく経験ありませんって言われるのも不安にならない?」 「そういうものかな?」 稜而が首を傾げると、倫は歩みを止めた。すぐ目の前にアクリルのケースで覆われた企画展のポスターがあり、倫は『国立西洋美術館』の文字をアクリル板越しに人差し指で辿りながら言葉を紡ぐ。 「美術館は、僕にとっては一人で来る場所なんだ。中学生や高校生の男子が学校に強制されてるんでもないのに、自主的に美術館に来るなんてカッコ悪いだろ。タダでさえ男のくせにピアノを弾くのが好きで、さらに美術館が好きだなんて言いにくい」 隣に並んでくっきりとした倫の横顔を見ながら、稜而は深く頷いた。 「ピアノを弾く男子の肩身の狭さは共感する。美術館は俺も全然来ないし、来ようって発想もなかったけど」 まだ話し続けようとする稜而の言葉を遮って、倫はポスターを見たまま早口で言った。 「でも僕は稜而とは一緒に美術館に来たい気がした。ピアノも稜而には聴いてほしいって思った。僕のことを見て。僕のことを知ってほしい。何かわかんないけどそういう感じがすごくするんだ。稜而にだけは僕のいろんなことを話したい。聞いて欲しい。好きだって言って欲しいし、髪を触って欲しい。手を繋ぎたい。笑って欲しい。この感情って、たぶん恋愛感情の一部なんだけど。……ねぇ、いいかな? 僕も稜而のことが好きなんだ」 振り向いた倫の瞳は左右に小さく揺れていて、稜而は両手の松葉杖を放り出して倫の身体を抱き締めた。 「両思いってことでいいんだよな?」 「うん」 「っていうか、倫は恋人同士だと思ってたんじゃないの?」 「思ってただけ、だったから。自信はなかった。でも電車の中でそんな派手なラブシーンはできないって思って」 もごもごと話す倫の額を自分の肩に押しつけさせ、稜而は倫の肩に顎を乗せて、美術館のポスターを収めるアクリル板を見た。 「どうする? 今、たぶんかなり派手なラブシーンだけど?」 「わ、わかんない。どうしよう?」 稜而は一旦身体を離すと、倫の唇を見て自分の唇を押しつけた。  鼻で呼吸して、柔らかな感触をしっかり味わうと、再び倫を抱き締め、その耳許に正直に告げる。 「俺、ラブシーンの終わらせ方を知らないんだ。このあとどうしたらいい?」 わざと無視して通り過ぎる人と非難めいた視線を向ける人と好奇の目を向ける人の気配を横顔に感じながら、二人は抱き合ったまま硬直した。  互いのアップテンポな鼓動をしばらく聞いて、その速さに息が詰まってきたとき、倫が喘ぐように口を開いた。 「美術館の中に逃げよう。恥ずかしい……」 倫の提案に稜而はうんうんと頷き、ぎこちなく身体を離して、それぞれ一本ずつ松葉杖を拾うと、二人は美術館のチケット売り場に向かった。  同じ速度で肩を並べながら、二人は相手とは反対の方向に顔をそむける。しかしその頬は同じように熱く火照り、耳から首までこれ以上ないほどに赤く染まっていた。

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