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第32話

 倫は稜而の両肩を押さえつけ、見下ろしながら言った。 「セックスしよ、稜而。僕、本気で言ってるよ」 倫は稜而の腰を跨ぎ、背筋を伸ばした。稜而と視線を合わせたまま、学ランを背中から滑り落とし、ワイシャツのボタンを外し、アンダーシャツを脱ぎ捨てた。  痩せ気味の白い肌に桜色の乳首が小さく尖って、稜而の視線を釘づけにする。  さらにはベルトを外し、ズボンの前をくつろげて、下着のチェック模様が見えた。そのチェック模様の布は、稜而に向かって強く突き出していた。 「ちょ、ちょっと待って、倫」 「待たない」 倫は真剣な眼差しで稜而の学ランを脱がせにかかり、稜而も素直に腕を抜き、背を浮かせたが、眉間にしわが寄ったままだった。  倫は稜而の表情に構わずワイシャツのボタンを外し、アンダーシャツも捲り上げて、稜而の身体から取り去る。 「稜而」  倫は稜而の身体の上に倒れ込んできて、二人の肌が直接触れた。 「うわ……」 「気持ちいいね」 倫の言葉に稜而はうんうんと頷いた。 「倫の身体、すべすべしてる」  稜而は手のひらで倫の背中を撫で回した。手のひらと胸の間で倫が笑い、振動が伝わってくる。 「ねぇ、稜而。これって愛撫?」 「あ、あああああ、あいっ、愛撫っ? ごめんそんなつもりじゃなかった」 ホールドアップすると、倫はますます笑う。 「セックスするのに愛撫しないの? 前戯なし?」 「ゼンギ……って、どんな儀式?」 真顔で訊ねる稜而に、倫は堪えきれず腹を抱えてベッドの上を転げ回った。 「わはははは。稜而、中学三年間男子校だったのに! なんでっ、なんでそんなに純情なのっ?」  稜而はカッと顔を赤らめ、耳が熱くなったのを感じた。 「悪かったな、無知で。男子校にいる奴ら全員がそういう話をするとは限らないんだ。むしろ女性と接する機会は少ないから、知識を身につけるきっかけは少ない」 「ごめん、ごめん。思春期の成長は個人差が大きいんだから、笑っちゃいけないよね」 倫は学校で習ったとおりの言葉を繰り返し、目尻の涙を拭って笑いを収めた。再び稜而の隣に並んで寝て、自分の手のひらに字を書いて見せる。 「ゼンギのゼンは『(まえ)』。ゼンギのギは『(たわむ)』れる。本番前のお戯れってこと! キスしたり、触ったり、舐めたり」 「舐め……。な、なるほど」 「ちなみに『本番』は、挿入から射精するところまでね。そのあとは『後戯』で『ピロートーク』!」 「ええと……?」 稜而がぱちぱちと瞬きを繰り返したので、倫はまたふわりと笑った。 「少しずつ、一緒にしようね。今日はここまで!」  二人は横向きになって抱き合い、肌の感触と温もりを感じながら丁寧に唇を触れ合わせた。唇の力を抜いてふわふわと柔らかく、おどけて尖らせて、角度を変えて何度も触れ合わせてから、倫はニッコリ笑った。 「僕たち、キスは上手くなったって自信を持っていいよね」 「うん。俺たちはキスばっかりしてるから、キスは上手い」  稜而は倫の唇へ、もう一度キスをした。  父親の帰宅はいつもより少しだけ遅かったが、まだ稜而が古文の宿題に取り組んでいた時間で、いつもと同じように淹れたてのコーヒーをマグカップに入れて部屋へ入ってきた。 「今日はどんな一日だった?」 「うん……」 稜而がすぐには何も言わなくても、父親は急かさず待っていてくれる。この姿勢が稜而の口を滑らかにさせた。 「あの、さ。セックスって、どうやるの? 順番が決まってるの? ぜ、前戯とか。どんな順番で、何をするのがセックスなのか。今日、倫とそういう話題になったけど、わからなかった」 「素直な疑問だね。私も偉そうに語れるほどセックスには詳しくない。セックスはカップルごとに違うと言われているし、一つだけの正解というものはないようだからね。もしよければ、今の稜而の疑問に答えられそうな本を探しておく。稜而も図書館で探してごらん」 「図書館にそんな本があるの?」 「もちろん。セックスは大切なことだから、性教育の本は学校の図書館にも、区立図書館にも置いてあるはずだよ」 父親は稜而を励ますように笑顔を見せた。

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