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第36話

「ごめん、稜而。変な話をしちゃった」 「大丈夫。でも、本を受け取りに行くときに元カノさんがいたら、気まずい?」 稜而が疑問形とともに倫の顔を覗き込むと、倫はその目を見返し、不意に稜而のリュックサックへ手を突っ込み、自分の携帯の電源を入れた。  着信履歴から番号を選ぶと、耳にあてる。 「もしもし、倫です。さっきは久しぶりに電話をくれたのに、切っちゃってゴメンね。学校の先生に会っちゃったんだ」 稜而がぱちぱちと瞬きを繰り返している前で、倫は少し甘えた声を出す。 「ね、お願い。健康な男子だからさ、そういう本が欲しいんだ。男同士とか、女同士のも見てみたい。お勉強しないと、いつまでもデートできないじゃん? ……うん、ありがとう。土曜日に受け取りに行くね」  笑顔で話していたのに、通話を終えるなりすっと表情が消えて、また携帯の電源を切った。 「大人って、本当に簡単」  稜而は軽く身を引き、両手を後ろについて倫の様子を見ていた。 「あのさ、倫。何か嫌なことでもあったの?」 間の抜けた質問に、倫は稜而を一瞥する。 「今が嫌なことの真っ最中だけど?」 「で、ですよね……」 「僕、ジンジャーエールが飲みたい。自販機、あっち!」  稜而は素直に立ちあがり、財布の中の小銭を数えて、倫に指さされた方角へ向かって歩きながら、短い前髪を吹き上げた。 「俺も倫と別れたら、こんなふうに怒られるのかな。一生、一緒にいるから別れないけど」  大人になっても一緒にいる自分たちの笑顔を思い浮かべて口許を緩ませつつ、ジンジャーエールとコーラを買って、倫を遠くから見たら、握りこぶしにした手の甲でゴシゴシと目を擦り続けていた。 「年上の女性との恋愛って、難しいのかな」  真っ直ぐに伸びるポプラの幹に身を隠すようにして寄りかかり、倫の涙が乾くまでの間、稜而は結露するジンジャーエールとコーラを握り続けた。  倫の涙が乾き、戻ってこない稜而を探して周囲を見回し始めたとき、空はスミレ色から濃紺へ変化を始め、白銀色の街灯が光っていた。  稜而はぬるくなったジンジャーエールを差し出し、隣に座ってコーラを飲んで、倫が立ち上がるのと一緒に立ち上がって、リュックサックを背負った。  ベンチが並ぶ道を出口に向かって歩きながら、倫は稜而に耳打ちする。 「カップルばっかりだね」 「え、どこに?」 稜而は素直に周囲を見回す。 「どこって、ベンチに座ってる人たち、皆、そうじゃん。よく見てみなよ」 街灯に照らされたベンチには、スーツ姿の男性と、フレアスカート姿の女性がいて、二人とも前方に向かってうつむき加減で会話を交わしているようだった。 「その隣と、隣の隣も」  倫の言葉に、街灯の光が届かない木陰のベンチへ目を凝らす。  男が肩を抱き、女が腰に手を回して抱き着いて、互いの口を開けて組み合わせていた。 「うわ……」  さらに倫に目で示されて、その隣のベンチを見ると、キスしている男の手はブラウスの裾から差し込まれ、女の手はジーンズの前立てを撫でていて、稜而は自分の下腹部に熱が集まり、引き攣れるような痛みまで感じて、慌ててその場にしゃがみ込んだ。 「大丈夫?」 隣にしゃがんで腰をさすってくれる倫に、膝の間に顔を突っ込んで深呼吸を繰り返しながら、稜而は呻くように言った。 「さ、触らないで。ちょっと待って」

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