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第37話

 土曜日、倫は書店へ足を踏み入れると買い物カゴを持ち、一直線に成人向け雑誌のコーナーへ突き進んだ。 「え? り、ん……?」 稜而は小走りに後を追う。追いついたときには、倫は雑誌へ手を伸ばし、内容を吟味し始めていた。 「お年玉と入学祝いの図書券、全部使うつもりだから。なんでも好きなものを選んで」  倫はそう言うと、筋肉質な男性が小さなビキニタイプの競泳水着一枚でガッツポーズを決めている雑誌をカゴに入れる。  さらにミニスカート姿の女性が大きく足を広げ、ショーツとパンティーストッキングの縫い目があらわな雑誌も選ぶ。  二人の女性が左右対称に座り、互いの息を息を吸い合うように顔を近づけている雑誌も、褌姿の男性二人が互いの顔を傾け、目を伏せて、今にもキスしそうな距離で写る雑誌も、極端に誇張表現され張り出した乳房と尻を揺らし、汗まみれになって頬を赤らめ、白く丸い息を吐いている女性のマンガ雑誌も、とにかく手当り次第にカゴの中へ入れていった。 「稜而は?」 「え、俺は。倫の小遣いだし」 「一緒に選ばないと、何も見せてあげない」 背筋が冷たくなる声と眼差しを向けられ、慌てて周囲を見回して、指が触れたところにあった『雄交尾HowTo~俺たちのSEXを安全に楽しもう!』と書かれたムック本を倫に突き出した。  ガタイのいい男性二人が汗まみれの姿で笑っているイラストが表紙で、美しい倫が背筋を伸ばして持つカゴの一番上で揺れながらレジに運ばれていくのを見送った。 「シュールな光景」  倫が店員に何か言うと、先日の元カノが現れた。チークは赤く、リップグロスはぬらぬらと光っていて、まつ毛は常に驚いているように持ち上がっている。  元カノは頬が持ち上がったまま硬直した不自然な笑顔を浮かべ、黒目は小刻みに左右に動き、愛想よくすればするほど空回りする鼻にかかった声がときどき離れた場所に立つ稜而の耳にも届いて悲しい気持ちになった。 「そんなに無理しなくていいのに。無理したって、無理な気がする」  倫は目を細め、唇を左右に引いていたが、細めた上下のまぶたの間にある黒目は修学旅行で見た仏像のように静かだ。  稜而は目立たないよう、資格試験のポスターに目を逸らしながら、ふっと短い前髪を吹き上げた。  いくら私服姿とはいえ、明らかに未成年とわかる幼さがあるにも関わらず、身分証明書の提示を求められることなく、顔パスで紙袋二つ分の成人向け雑誌を手に入れて、新宿の街に出た。  横断歩道で黄色い点字ブロックの上に居心地悪く並んで立ちながら、不意に倫が口を開いた。 「稜而、ごめんね」 「何が?」 「元カノだなんて言わなければよかったと思って。稜而に嫌な思いをさせたよね。僕、今まで誰にも言ってなかったのに。どうしてか、稜而には自分のことを言いたくなっちゃったんだ。ごめんなさい」 「あ、うん。びっくりはしたけど、平気。……倫は、今は俺のことが好きなんだろ? だったらそれでいいよ」 すまし顔で言ってのけるつもりが、倫に紙袋を振り回して抱きつかれ、一気に顔が熱くなった。

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