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第38話
「稜而の家、遊びに行っていい?」
「いいけど」
倫は雑貨店で背が低く奥行きのある引き出しをひとつ買った。
「片付けるの?」
梱包された引き出しを抱え、その脇から顔を出して倫を見る。
「この本、本棚に並べておけないだろ? 稜而のベッドの下にしまっておこうと思って」
「俺のっ?!」
「ウチ、妹がいるもの。反抗期で高校受験で、大変なんだ。生理のときなんて泣くし怒るし物は投げるし」
「せ、せせせせせ、せいり……って」
稜而は口ごもり、顔を赤くしたが、倫は平然としていた。
「長時間椅子に座り続けてると漏れて服までよごれたり、寝るときもバスタオル余分に敷いたり、お腹痛い、気持ち悪いって。夏でも使い捨てカイロを貼ってたりする。なんか、温めると症状が和らぐんだって。女って大変だなと思うよ」
「……生理、見たことあるの?」
学校で習う僅かな知識はかえって稜而の恐怖心を煽り、青ざめた表情で訊く。
「何度も。だんだん慣れていくけど、今はまだ失敗しやすいんだってさ。騒がないで助けてあげなさいって」
「助けてあげられるの?」
「んー。漏れちゃったら腰にバスタオル巻いてあげるとか、そのくらいしかできないけど。あとは椅子を拭いておいてあげたり?」
「はあ……。ごめん、俺は全くわからなくて、相槌の打ち方もわかんないけど」
倫は優しく笑う。
「これから本を読んでお勉強すればいいんじゃない? ちゃんと真面目な本も入ってるよ。一冊だけだけど」
祖母の入院が続いているため、家政婦さんが来ない休日の昼食は各自で摂ることになっていて、二人はまたハンバーガーショップへ行く。
「テリヤキバーガーのセット、飲み物はコーラで。あと単品でフィッシュバーガーをください」
隣のレジでオーダーしていた倫が、稜而の顔をのぞき込む。
「二つも食べるの?」
稜而はうんうんと頷いた。
「フィッシュバーガーはおかず」
倫は初めて聞いた言葉のように手を叩いて笑い、稜而の耳に口を寄せた。
「おかずってなんかエロいよね」
「ちょ、やめろよ。食べづらくなるだろ」
互いの肩を叩き、頭を寄せ合って笑って、稜而がフィッシュバーガーを食べるたびに、倫はさらに笑った。
「楽しい。稜而と一緒にいるのは、本当に楽しい!」
二人は足取り軽く稜而の部屋へ帰り着き、早速ベッドの下に引き出しを押し込み、買ってきた本をベッドの上に広げた。
扇情的な写真やイラストの上へ、二人はかるた取りのように覆いかぶさって見比べる。
「どれから読む?」
「ど、どれでも」
「そんなこと言わないで、選んでよ。僕、どれでもいいから」
「じゃあ、トランプみたいに混ぜてよ。後ろを向いて一冊引くから」
倫がくすくす笑うのに一緒になって笑いながら手探りで触れたのは、ミニスカートの女性が足を広げ、ショーツとパンティーストッキングの縫い目が写る雑誌だった。
「ラブホデリへルホンバンナカダシキンダントウサツオタカラコレクションエイキュウホゾンバン」
稜而は目に入る文字を呪文のように読み上げた。
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