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第40話
稜而は洗面ボウルへ頭を突っ込むようにして顔を洗い、しつこくうがいを繰り返すと、仰向けにベッドへ倒れ込んだ。強ばったような感じがする胃のあたりを手のひらで撫でさする。
「大丈夫? 初心者には刺激が強すぎたね」
隣にうつ伏せになり、肘で上体を支えてぱらぱらとページをめくりながら倫は笑った。
「なんで倫は平気なんだよ」
稜而が恨めしげに倫を見ると、倫は雑誌に目を落としたまま小さく肩を竦めて笑う。
「パパのお宝のありかを知ってるからかな。熟女物が好きみたい。貸切温泉女将シリーズとか、和服熟女図鑑とか。エロって結構露悪的だよね……」
倫は話しながら稜而の枕に頭をのせ、稜而は誘われてその髪に頬擦りした。倫の身体から力が抜けるのと同時に鼻にかかったような甘い溜め息が耳に触れて、稜而の下腹部に熱が舞い戻る。稜而は倫を抱き締めて衝動に耐えた。
「僕たち、雑誌なんかよりお互いのほうが、よっぽど気持ちよくて刺激的だね」
倫の膝が稜而の膝の間に挟み込まれ、背に手を回されて、稜而もまた抱き締められる。
「ねえ、稜而。今じゃなくていいけど、いずれ。一緒にセックスしよ……。僕、性欲ヤバい。ごめんね、稜而。僕だけ、すごくエロい」
稜而の肩に額を擦りつけながら甘ったるく笑う倫の声は切なさを孕んでいた。
「何で謝るんだよ……? 俺だってすごくエロいよ。ただ知らないだけだ。ちゃんと勉強するから、勉強したら俺とセックスして」
「勉強って」
腕の中で小さく笑った倫と額同士をくっつけて、ふたりは西日が射し込み始めた部屋の中で小刻みに肩を震わせ、笑い声を洩らした。
「月曜日、また一緒に学校へ行こうね」
「うん。いつものところで」
***
毎朝の待ち合わせを繰り返し、肩が触れ合う近さで並んで歩き、互いの手の甲が擦れる感触を楽しみながら、季節は巡った。
稜而は剣道部に復帰し、倫はグリークラブでピアノを弾いて、自分の部活がないときには互いの部活を見学して一緒に下校する。
稜而は勉強の面白さにますますのめり込んで好奇心と探究心の赴くままに理系コースへ進み、倫は「そこまでのクレイジーさは、僕には無理。人間らしく生きたい」と苦笑して文系コースに進んだ。
クラスが分かれても、二人は毎朝七時に駅の自動販売機の脇で待ち合わせ、稜而が最終的に東大理科三類へ、倫は法曹界を志して文科一類へターゲットを絞込み、勉強の時間と効率と情報が勝負の要素に加わり始めても、
「僕たち、軽いロミオとジュリエットだよね」
「うん。でも受験が終わるまでの話だよ」
と、キスを交わして頑なに二人であり続けた。
二人が小さな旅の計画を実行したのは三月。卒業式の翌日の旅立ちだった。
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