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第42話

 寄せては返す鈍色の波。  泡沫は砂に滲み、小さな音を立てて壊れる。 「満ち潮なんだね」 「うん」  波は砂浜に大きく広がりながら、少しずつ自分たちへ迫っていた。  腕の中の倫が、不意に歌い始めた。 「あおーげばー、とうーとしー、わがーしのー、おんー。おしーえのー、にわーにも、はやーいくーとせー」 昨日の卒業式で歌った歌を倫は繰り返し、稜而も一緒になって歌った。 「おもーえばー、いとーとし、このーとしーつきー。いまーこそ、わかーれめ……、いざーさらーばー」 声変わりは落ち着き、高音は掠れて、歌い終わるとふたりはさらにきつく抱き合った。 「なんで急に歌い出したの?」 「今日、童貞を卒業するから!」 倫は元気よく笑い、稜而も一緒になって破顔した。  稜而が慣れた様子で唇を差し出すと、倫は笑顔のまま唇を押しつけた。 「足が濡れそう。行こうか」 間際まで迫った波の泡沫から逃れるように、ふたりは海をあとにした。  旅館は高校を卒業したばかりの二人には少し背伸びが必要な雰囲気で、着物姿の女性に案内されながら行灯が並ぶ渡り廊下をぎこちなく歩き、土蔵を改装した部屋へ到着した。  一階は囲炉裏のある和室、テラスに露天風呂があり、ロフトにベッドがあって、どこからでも海を見ることができた。  どうぞごゆっくり、という言葉に会釈を返し、ドアが閉まると倫はスポーツバッグを開けて、取り出した缶のビールとチューハイを冷蔵庫へ押し込む。 「お風呂上がりに飲もうね」  倫は立ち上がると、その場でするすると着ていたものを脱ぎ落とし、全裸のままで稜而に向かって歩いてくる。 「一緒に入ろ」 「う、うん」 フライトジャケット、カッターシャツ、Tシャツと一枚ずつ身体から剥がし、ベルトに手を掛けてためらった。 「平気。僕もヤバいよ」  見ないように気遣っていた部分を見て、稜而はジーンズの内側がさらにきつくなるのを感じた。  稜而の手を払って倫がベルトを外し、ジーンズと下着を同時に下げられる。稜而の芯は熱を持って上向いていた。  ふっと倫が笑い、空気が緩んで稜而も照れ笑いをして、ジーンズと下着を踏みつけるように脱ぎ、靴下も引き抜いて、倫の手を引っ張った。  三月の風はまだ冷たく、ふたりは身体を震わせながら掛け湯をして、檜の浴槽へ身体を沈めた。 「いいねぇ、温泉!」 「うん。去年の夏に家族で旅行して以来かな。お祖母様の湯治を兼ねて」 「お祖母様は元気?」 「一時期よりずっとよくなった。……俺、整形外科もいいかなって思い始めてる」 「いいじゃん。足を怪我した経験も、お祖母様のお世話をしてる経験も、どっちも生かせるね」  稜而はうんうんと頷いた。 「常連のおばあさんたちが、待合でおしゃべりりしている賑やかで明るい空気がいいなって思うんだ」 「僕、判事になりたい。法を使って人を助けられる仕事じゃないかって。まだ全くの想像だけど」 「倫ならなれるよ」 「ありがと。稜而もいいお医者さんになれるよ」 ふたりは微笑みを交わし、互いに顔を寄せ合ってキスをした。

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