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第43話

 霧のような雨が空気中を漂い始め、視界が煙る。水平線まで見渡すことはできなくなり、空と海の境い目は掻き消され、自分たちの目の前にある日本庭園すら曖昧に溶けて、雪洞だけが子どもが描く太陽のように光った。 「僕、子どもの頃は世界って果てしなく広いんだって思ってた。今は地球が丸い理由も空から雨が落ちてくる仕組みも知っていて。知れば知るほど世界って狭くなる。大人になるって、つまんないね」 倫は屋根で覆われている湯船から出て、テラスの端に立つと全身に霧雨を浴びた。 「セックスも知らないほうがいい?」  稜而が湯船の中からからかうと、倫は慌てて湯船に戻ってきた。 「やだやだ。このためにバカになるほど受験勉強頑張ったのに。僕が稜而と同じ大学入るなんて、本当に奇跡っ! パパが家族全員でハワイ旅行に行こうって言い出すくらいの奇跡!」 どぼんっと肩まで沈んで、細かな水滴がついた髪をふるふると振るった。 「ご謙遜。現代文と英語と世界史は最後まで敵わなかった」 「稜而が片手間にしか勉強しなかったからだろ」 「まさか。満遍なくとは言わないけど、それなりにやったよ」 「それなり、ね。ざっとプリントを見返す程度はそれなりとは言わないのっ!」 倫は大きな波を立てて稜而に抱き着いた。 「僕、絶対に離れないんだから。大学に入っても、就職しても、死ぬまで離れないんだから」 倫の真面目な声に、稜而はうんうんと頷き、大切に抱き締め返した。 「僕、トイレ行ってくる!」  倫は稜而の腕の中から立ち上がると、稜而の返事を待たずに風呂を飛び出して行った。 「う、うん。頑張って」  稜而はトイレに向かう倫を見送り、ただ丹念に自分の身体を洗う。 「絶対に優しくしよう」  浴槽の縁に座り、目の前の景色を見た。霧雨は濃くなり、目の前の庭園に伸びる松の木すらもシルエットは曖昧で、水墨画のように色がなかった。 「五里霧中。……俺たちのことが無事に終わるまで、どうか誰も来ないでください。ふたりきりでいさせてください。数時間でいいから、お願いします」  祈る気持ちでこうべを垂れて、心臓の前に握りこぶしを作って時間を過ごした。  稜而が神妙な気持ちで過ごしていると、ガタガタとガラスを鳴らして引き戸を開け、倫が戻ってきた。  そのまま洗い場に陣取り、ゆっくり身体に湯をかける。 「大丈夫?」 隣に座り、様子を伺うと、倫は眉を八の字にした。 「うん。痛みは収まったし、全部出たと思う。洗浄も多分大丈夫なはず。でも浣腸って気力と体力、両方奪われるね」 倫の背中を丁寧に擦ってやると、倫は背骨の一つ一つを浮かせ、眉を八の字にして笑った。

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