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第48話

「一晩寝たら、だいぶ楽になった!」 晴れやかな表情の倫とキスを交わし、朝風呂に入って朝食を食べ、稜而は倫に促されてレターセットを取り出した。 「高校を卒業しました、四月から大学へ行きます。ね? それだけでもいいから書こう」 家庭教師のような口調の倫に励まされ、稜而は便箋に向かった。 「高校を卒業しました。四月からは大学へ行きます。医師を目指して六年間しっかりと学びたいと思っています。  一昨年のライブは行けなくてごめんなさい。お祖母様が脳出血で倒れて救急搬送されて慌ただしく、時間に間に合いませんでした。今はもう元気なのでご心配なく。父さんも、お祖父様も元気です」 そう書きつけると、便箋を二つに折った。  封筒に書く宛名は二年の間に転居しているかもしれず、確証はなかったが、名前の下に赤字で『写真在中』と書き添える。 「どの写真にしよう」  倫が用意してくれた、卒業式の日に正門の前で撮影した数枚の写真を並べて考える。 「今更、父さんの顔は見たくないかな」 父親と並んで写っている写真を除外しようとしたら、倫は候補の写真をすべて束ね、倫と二人で撮った写真も重ねた。 「細かいことは気にしない! 全部送りなよ。もう何年も息子の顔を見てないんだから、いろいろ見せてあげよう!」 テーブルにとんとんと縦横を打ちつけて角を揃え、二つに折った便箋の間へ突っ込んだ。  稜而は素直に従って、写真と便箋を封筒に収め、封をした。 「パパがハワイ旅行に行くって騒ぎ出さなければ、もう一泊したかったのに」 倫はまとめた荷物を担ぎながら、唇を尖らせる。 「何かくだらないお土産を買ってきて。ノックするたびにフラダンスを踊るボールペンとか、無駄に太くて長い鉛筆とか、そういうの」 「いいよ。机に入れっぱなしになって、見るたびに『倫からもらったお土産だ』って思い出せるやつね」  チェックアウトをしながら切手を買って貼り、礼を言って宿を出た。 「目指せ、バナナワニ園!」  倫は元気よく拳を突き上げ、稜而も笑って一緒に駅を目指して、駅前のポストに念のために十円多く切手を貼った封筒を差し込んで、手を離した。  その瞬間に携帯が鳴った。 「父さん?」 平日の昼間、仕事をしている筈なのにと訝しく思いながら通話ボタンを押すと、静かな声が聞こえてきた。 「稜而? 今、誰かと一緒にいるかな?」 「倫と一緒だけど」 「近くに一緒にいてもらいながら、聞いて欲しい。いいかい?」 「うん、いいよ」 わさびソフトクリームを買いに行こうとしていた倫の手首を掴んだ。 「落ち着いて聞いて、落ち着いて行動してほしい。今、お祖母様が亡くなった」 「えっ?」 「明け方にトイレで倒れて、救急車で運ばれた。先生方は充分に手を尽くしてくださったが、敵わなかった」 「そう……」 「慌ただしいけれど、今夜が通夜で、明日が告別式になる。予定は全部切り上げて、帰ってきてほしい」 「ええと……」 返事をしあぐねていると、父親は畳み掛けてきた。 「倫くんに代わって」 倫は如才なく挨拶をして、父親の言葉に相槌を打つ。 「わかりました。一番早いルートで帰ります。ご自宅まで、ちゃんと稜而くんを送ります」 通話を切って、倫は駅舎の中へ入る。窓口に切符を見せると、大咲駅までの最短最速のルートを選んでもらい、切符を買い替えた。 「ねぇ、倫。バナナワニ園は行かなくていいの? 楽しみにしてたのに」 稜而のほうが食い下がるのを、倫は駅の改札を通り抜けながら一蹴した。 「お祖母様と過ごせるのは今日と明日だけ! バナナワニ園はこの先も休園日以外ずっとやってるから大丈夫! 頭の中の優先順位を入れ替えて!」 入線してきた電車に乗せられ、あとはただ切符と見比べてプラットホームを歩き、電車に乗って、座席に座らされて、気づいたときには自宅の玄関に立っていた。 「ただいまかえりました……」 出迎えてくれたのは葬儀社の腕章を着けた男性だった。なぜか掃除機を片手に持っていて、 「このたびはご愁傷様でございます。お孫さんでいらっしゃいますか。お祖母様にご挨拶なさいますか、こちらです」 仏間に真っ白な布団が敷かれ、顔に布をかけた人がいた。  枕元には花や山盛りのご飯、お茶やお菓子が並び、ロウソクと線香があった。  見慣れた手が胸の上に組み合わされていて、よく見ると白い着物が左前に着せられている。  ぺたんと枕元に座る。隣で倫はきちんと正座し、両手を合わせていた。 「お顔をご覧になりますか。安らかなお顔をなさってますよ」 倫は稜而の顔を見て、稜而はぼんやり頷いた。  さっと払われた布の下から、祖母の寝顔が現れた。いつもよりふっくらして穏やかな表情をしていると思い、鼻の穴の中に脱脂綿を見つけた。綿を詰められても苦しくないんだなとぼんやり理解した。  葬儀社の人に教えられるまま線香を上げて合掌し、倫も稜而よりよほどしっかりと線香を上げ、合掌して、さらに祖母の肩に手を触れ、「お世話になりました。ありがとうございました。ゆっくりお休みください」と挨拶までした。 「なんでそんなに慣れてるの?」 「昨年、ひいおばあちゃんが亡くなったからかな」 稜而と会話しつつ、二人を見守っていた父親にも畳に手をついて挨拶をした。 「本来ならお通夜や告別式にもお伺いするべきですが、所用がありまして、申し訳ありません。お祖母様には大変可愛がって頂き、心から感謝しています。ハンバーグ、美味しかったです。お父様もしばらくは大変だと思いますが、どうぞご自愛ください」 「ありがとう。楽しい卒業旅行を切り上げさせて申し訳なかったね。稜而を送って来てくれて、本当にありがとう」 挨拶を交わすと、倫は稜而に振り返った。 「しばらく大変だと思うから、僕からの連絡は控える。落ち着いたら連絡して。入学式の前日には日本にいる。入学式で会えるかな。気を落とし過ぎないで、ご飯をしっかり食べてね」  倫ははきはき言うと、また周囲の大人たちに折り目正しく挨拶をして、帰って行った。

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