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第4話

「ただ、これも気持ちが良かったんですけど、何かが違っていて……」 「と……言いますと?」  村井の手には酒ではなく、今度はピスタチオを並々に入れたゴブレットが握られていた。酒と同様に、真宮の前へ静かに置かれる。本来はメニューにないというピスタチオだが、甘みがある酒を飲んでいた真宮の咽喉は塩気を求めていた事もあり、村井がそっと出してくれたのだ。 「ありがとうございます……でも、その方の為に用意していたものじゃないんですか?」  メニューにないピスタチオを、村井がすっと真宮へ出せたのは手品でも魔法でもない。別の誰かの為に用意したものを真宮へ譲った形で出したからだ。 「いえ、あの人は今日はもう来ないと思いますし。もし、来たら来たで貴方よりも素敵なお客様へ差し上げたと申せば良いだけの事ですよ」  村井はさぁというように目で笑う。  まるでカルーア・ミルクのような色の硬いピスタチオの殻を真宮は勧められるままに口の中に入れる。殻の割れ目に合わせて、前歯で砕く。それが正しい食べ方かどうかは真宮には分からないが、村井が自分のする事に対して、反対する事は何1つとしてないだろう。  真宮は一旦、口に入れたピスタチオの殻を左手で口元を覆いながら、品良く出すと、村井にされていた問いへ露骨な言葉で答えた。 「何というか……快感はあるけど、興奮はしないセックスというか……」 「興奮、ですか?」 「ええ。まぁ……それなりに体の関係もあったんですけど、どこか、溺れきれないというか。一線を越えられていないというか……。で、そいつには悪かったんですけど、また別れて……」  話すほど、真宮は的確な言葉が分からなくて、歯切れが悪くなっていくのを感じる。 だが、相変わらず、真宮の目の前にいる村井は丁寧に聞いてくれていた。でなければ、墓にまで持っていったかも知れないセックス遍歴を晒す。そんな事もなかったのかも知れない。 「それから、僕は何人ものの人間と関係を持っていったんです。回数を重ねた事もあったし、適当な名前を呼び合って、事が済んだら、そのままお互い好きな時間にホテルを出てそれっききり……なんていうのもザラだった」  避妊をしないで良いのと、無理をしてムードを作らないで良いのとで「女の子と関係を持つのは減っていきましたけど」と真宮は半ば、呆れたように笑った。 「ただ、男同士だからって割り切って、つきあえるヤツばかりじゃないんですよね。別れ際、納得して別れてくれたヤツもいれば、酷いヤツとなじられながら別れたヤツもいて……。あ、なじったヤツの気持ちも分からない訳じゃない。分かってるつもりです。自分でも本当に好きになれれば良かったと思ってる」  真宮はそこまでを呼吸を置く事なく、口にすると、言葉の代わりに村井が出してくれたジン・リッキーを口にする。先程、真宮が呑んでいたギムレットは甘めで、度数も高めなものだったが、このジン・リッキーは辛口で、度数も低い。  酒に詳しくない真宮に実際のところは分からなかったが、先程、口内を転がっていたピスタチオの塩気も馴染んでいるようだった。 「それから、僕は誰が何を言っても、取り合わないようにしました」  真宮は深く目蓋を瞑ると、ジン・リッキーを飲み干し、空になったコリンズグラスの側面に触れる。少し気障な仕草だが、真宮がすると、その悩ましげな表情と相まって艶めかしいものに見えるようだった。 「だから、先程の彼の告白も断ったと?」 「ええ、多分、彼の思うような関係にはなれないでしょう。それに……」 「それに?」 「僕も疲れた。そう……疲れたんです」

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