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第5話

「話せる事は以上です」  真宮は村井の希望した顛末が語り終わった事を伝えた。先程、飲み終えたジン・リッキーの入ったグラスと同様に、コブレットに盛られていたピスタチオの全ても殻を残すのみとなり、それらをバーテンダーの村井が片付けると、カウンターの上も少し寂しくなる。 「次はどういったものをお作りしましょうか?」  村井もそのように感じたのか、真宮に尋ねる。すると、真宮は酒ではないものを希望した。 「酒より私の話ですか?」 「ええ。なんで、この仕事に就こうと思ったのかとか。どうして、僕の話を聞く気になったのかとか。特に、僕の話なんてあまり面白い話じゃなかったですよね。あ、別に詮索しようなんて思ってないんですけど」  純粋な好奇心なのだと真宮は念を押すと、村井は笑った。  いや、今までも、村井はバーテンダーとして素晴らしい笑顔で真宮をもてなしていた。その手の笑いというよりは何か、愉快なものを見たという時のものに近かった。 「それこそ純粋な好奇心なんですよ」 「え?」 「私の事を貴方がどう思われているかは存じないですが、結構、俗っぽい人間なんです。例えば、貴方が先程の話を是非とも聞いてくれと言ってきたら、私は申し訳ないですが、話を聞く事はするものの、別段、面白いとは思わなかったでしょうね」 「そう、なんですか……」  真宮は自分で聞いておきながらどのように答えたものかと思う。ただ、村井はそんな真宮を尻目に 「誰かを愛するなんて無理……そんな貴方にある人物をご紹介しましょうか?」  と甘く、優しく口にする。 「ある人物?」 「ええ、ご氏名を申し上げる事はできませんが、この方でも貴方の気持ちを動かす事ができなければ……諦める。それからでも諦めるのは遅くないかと思うのですが」  村井は紙片に何かを考えを巡らしながら書き、それを2つ折りにして、真宮へ手渡した。その紙片を開くと、今から1週間後の日付と場所、それに準備してくる事などがこのバーテンダーらしく整っていて、温かみのある文字で書かれていた。 「これは?」 「先方には私の方から申しておきますので、もし、こわいと思ったり、嫌だと思ったりした場合はまたこちらにお電話をくださればと思います」  真宮が次に村井から渡されたのはこのバーとバーテンダーの名前を兼ねた名刺だった。 「Bar Angle’s Share……の村井紳司(しんじ)さん?」 「はい。さようです」  Angle’s Share。和訳だと、「天使の分け前」もしくは「天使の取り分」とも言い、美味いウィスキーを熟成して作っていくうちに蒸発して、元の量よりも減っていく……その現象のことを指すという。

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