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第9話

「ぅん……」  次に真宮が目を覚ましたのは先程までいた筈の喫茶店ではなかった。  真宮の頭上には大きな無影灯があり、その奥にある天井は塗装の至るところが剥がれて、薄汚れている。胸部にかかる重力が背中へとかかり、手首などもベルトのようなもので圧力をかかっているのを僅かに感じ、診察台のようなものへ仰向けに拘束されている事が分かった。  そんな真宮の日常とは明らかにかけ離れた空気の中、真宮は覆い被されるように強い光と言葉を投げかけられた。 「ああ、気がつきましたね?」  昔の医療ドラマで見た事のあるような無影灯から出ている強い光を目から守るように細めている真宮の視界には2人の男が映る。真宮に声をかけた方の男は口調に重みがあり、背広を脱いで、黒いウェストコートの上から白衣を着ていたが、つい先刻、真宮はこの男に会っていた。 「曽根……さん……」 「はい。と言っても、偽名ですが」  上手く言葉が出ない真宮と違い、曽根は言葉を滑らかに続ける。 「何故、こんな状態なのかはお聞きにならないんですか?」  その問いは真宮にとって滑稽とも言えるものだったが、一応、何かを尋ねるべきだと身体を拘束された真宮は思ったのだろう。 「あの珈琲に睡眠薬が入ってたんですか?」  すると、真宮のある意味、的をはずした質問に話には加わってなかったもう1人の男が口を開いた。 「結構、愉快な子だね。曽根ちゃん」  その男も演出の為か、あまり似合わない細い銀色の縁をした眼鏡と白衣を羽織っている。先程、喫茶店で真宮に珈琲を入れてくれた店主だった。 「貴方はさっき、お店で珈琲を持ってきてくれた人ですよね」 「塩沢(しおざわ)って言いまーす。って……まぁ、右に同じく偽名だけど」  位置としては、塩沢は曽根の左側に立っているのだが、要は「右に同じく」と言いたかっただけなのだろう。曽根と比べると、その口調は軽く、眼鏡のブリッジを上げる仕草も様になっていない。  そんなどこかで見たような光景に真宮は感覚的にこの部屋にはもう1人いる筈だと思った。 「貴方は……」  真宮がその1人を見つけるのは容易な事だった。彼はこんにちはとでも挨拶せんばかりに軽く手を上げた。真宮の勘通り、その2人の男以外に言葉は発してないが、淡い茶色の髪をした青年がいた。  服装は真宮の見たところによると、白衣が映える黒いVネックのシャツを着ていた。  顔は帽子とサングラスで分かりにくいが、なかなか真宮好みの顔の作りだった。 「貴方は? 自己紹介、してくれないの?」  真宮はもう一度、声を咽喉から搾るようにして、寡黙な男に尋ねる。というのも、あのDVDでは今の真宮の位置にいる男が人の良さそうな青年に自己紹介を促されていたからだ。  すると、男は名前だけを短く返す。 「冴島(さえじま)」 「さえじま……さん。」  噛み締めるように真宮は冴島の名前を呟いた。文字にすると、冷たく、ぶっきらぼうな響きだが、冴島という男にはそんな感じがしない。優しく溶けるような声の感じに真宮はまるで恋にでも落ちたような気分になった。 「あ、真宮ちゃん。冴島ちゃんがお好み?」 「あっ……」  茶目っ気を含んだ塩沢の言葉に真宮は現実に引き戻される。  すると、今まで、成り行きを見ていた曽根が口を開いた。 「まぁ、我々の自己紹介はこれくらいで良いでしょう」  その言葉は本題に入るという事を暗に示していて、真宮の身体を乗せた診察台は微かに軋んだ音を立てた。

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