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第15話

ニュースでは梅雨は明日には明けると言っていたので、今日が最後なのか、ちょうど雷が鳴っているのが聞こえてきた。漆塗りが美しいバーの扉が開いた時に小さな雨粒が1つ2つと店内へと落ちる。 「いらっしゃいませ」  間接照明の明るいカウンターでカクテル・グラスを準備していたのをやめると、村井はいつものように挨拶をする。  人から親しみを持たれるような優しげな顔つきをした青年が1人で、バーへと入ってくる。バーへ入ってきた青年。  それは真宮だった。 「こんばんは」  バーの外では雨が降り、雷がなっているらしいものの、真宮のその声は明るかった。だが、その顔は晴れやかには見えなくて、どこか戸惑っているように映る。 「まぁ、まずは1杯いかがですか?」  村井は真宮に前回の時のように希望を聞くが、真宮は珈琲も酒も詳しくない。村井に一切を任せると、前に座った席と同じ席へ座った。 「それでは、キールをお作りいたしましょう」  黒に近い赤いカシス・リキュールを村井は取り出した。そのリキュールをワイン・グラスに入れ、白ワインを注ぐ。淡い色になったカシス・リキュールは勿論、ワイン・グラスも冷たく冷やされているようで、美味しそうだ。 「お待たせいたしました。キールです」  村井は最後に軽くステアし、すっと真宮の前へワイン・グラスを置いた。村井の無駄のない美しい所作に、真宮はにっこりと微笑むと、ひんやりと冷たいグラスを受け取った。 「それで、この前の金曜日はいかがでしたか?」  真宮は半分ほどキールを飲み干すと、カウンターへと置く。村井の言う「この前の金曜日」とは勿論、曽根と会い、塩沢の淹れた珈琲を飲み、無影灯の下で躰を暴かれた日だった。それに…… 「もう恋なんかしない。というより、できないって……思ってた」  レストランで食前酒にも飲まれているキールにあてられ、酔いが回ってしまったように。 真宮はぼんやりとした様子だった。 「ええ、そうでしたね」 「でも、僕は……僕は冴島さんを、好きになってしまって……」 飲み込んだ酒とは違い、ポツリと零れる真宮の告白が静かなバーに流れる。  その告白に、村井は肯定も否定もしなかった。そして、 「大変不躾なのですが、もし、よろしければ、私も1杯いただいてもよろしいでしょうか?」  と意外な一言を口にした。 「あ、えぇ、どうぞ」  村井は少し戸惑ったような真宮の許しを得ると、丁寧に礼を言い、頭を下げた。  村井が用意したのはウォッカとライム・ジュースとホワイト・キュラソーで、シェイクする。カウンターが賑やかになったかと思うと、あっという間にカウンターには静けさが戻り、ロックグラスには白く濁った1杯のカクテルが注がれる。  2度目になるが、真宮は酒に詳しくないので、「それは?」と聞いた。村井はその問いに対して、笑顔のまま柔らかな声で答えた。 「カミカゼ、と言います」  カミカゼ。そのカクテルの持つ言葉は「貴方を救う」というらしい。 「ありがとうございました。自分で申し上げるのもなんですが、とても美味しい1杯でした」 「いえ……」  真宮は半分ほど残ったキールの入ったワイン・グラスで村井と乾杯する。冷たく冷やされていたキールは少し温くなってしまっていたが、十分に美味しい。  ただ、本当は目の前の村井のようにあまり時間をかけずに飲むのが良いのだろう。  度数が高く、口当たりも鋭いカミカゼの入った村井のロックグラスはまるで何も入っていなかったように空になっていた。 「不躾ついでにもう1つ、不躾なお願いをしてもよろしいでしょうか?」

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