2 / 40
第2話
「明慈病院までお願いします」
タクシーが来て、女性の母親の方が言った。中年ではあるけど、きんきんとしていない品の良さそうな声が聞こえたかと思うと、タクシーは陣内の視界から消えてしまった。
それから、暫くはタクシーが来なかった。
交通機関の乱れなどに備え、余裕を持って来たつもりだったが、これでは遅刻してしまうかも知れない。陣内はスマートフォンを取り出すと、大学の電話番号を押す。
「おはようございます。明慈大学でしょうか。今日、お世話になります陣内です」
陣内は遅れるかも知れない旨を伝える。すると、できるだけ安全に気をつけてくるよう言われ、電話を切った。
少し冷めた声の人だったからか、若干無愛想な人……という感じも受けた。だが、悪い人ではないのだろう。
しかも、ただでさえ、こんな時間なのだ。
陣内が色んな事に思いを巡らせていると、タクシーが来た。これで、この人が乗ればと思い、少し安堵する。
ただ、彼は何を思ったのか。すぐに乗り込もうとはしなかった。
「君……」
「え? 俺ですか?」
「そう、君だ」
突然、彼は陣内を呼ぶ。
もしかして、先程の電話を聞いていて、順番を変わってくれるというのだろうか。とてもありがたかったが、それはさすがにまずいだろう。
断ろうとした時、彼は先にタクシーに乗り込むと、早く乗るよう言った。
「あの……」
なぜ、あの時、乗ってしまったのか分からないが、こうして、乗ってしまった以上、礼の1つでも言うべきだと思う。
陣内は困惑する頭で礼を言う。
すると、彼はタクシーに乗り込むなり、眼鏡をかけ、何かの書類に目を通しながら言葉を投げてきた。
「いや、行き先が同じだったし」
何の書類だろうか。何かのグラフが並んでいて、それ以外は少し漢字が書いてあるだけで、ほとんど、アルファベットが紙面を飾っている。文字の上に記号を持つ母音がところどころ、登場してくる辺り、ドイツ語のようだった。
結局、それ以上の会話はなく、2人を乗せたタクシーは明慈大学の正門前で停まった。
ともだちにシェアしよう!