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第4話
「へぇ……」
確か、あまりにも申し訳がなかったので。陣内は今朝のタクシーで逢坂の顔をよく見ていなかったのだが、柚木が説明するには目元、鼻先から顎の輪郭や指先の細かな造形までもが整っていて、理知的な男らしい。また学生や学生の母親にも人気が高いのだという。
「まぁ、僕も講義とった事あるけど、ほとんどが女の子だね。分からなくもないけど」
「……」
陣内は最後に残った空揚げを摘もうとして、箸を止めた。何となく、自分にできそうな事は何もないように思えたからだ。
はっきり言って、今朝の事は感謝して、記憶の片隅に押し込んで、2度と取り出さない方が良いのかも知れない。
「あとは……少し、妙な噂もあるかな」
「妙な噂?」
陣内が話を終えるようとした時、柚木の口が動く。その顔は真顔に近く、少し恐い。いつも穏やかな顔をしている柚木があまりしない顔だった。
ただ、すぐにいつもの柚木に戻る。
「うん、でも、所詮は噂。噂話って証拠というか、確信がないし……」
意外とこの柚木は事実以外を言い淀むところがある。
そういうところは柚木の両親と同じで、研究者に向いているのかも知れないと陣内はいつも思っていた。まぁ、本人にはそのつもりは全くなく「研究者は肩が凝るし、嫌だなー」と笑うのだが。
「はぁー、気が重いけど、もうすぐ午後の会が始まるから行くね」
柚木は空になった弁当箱を持って、席を立った。午後からは講演や勉強会も減り、それに伴っていた作業も減っていくらしく、柚木は受講者側に回り、その後は先生を囲んでの打ち上げに行くらしい。
「本当はジンと気軽な店で食べる方が楽しいし、食べた! って感じがするんだけど」
愚痴を零し、力なく笑う友人を陣内は「また飯ぐらいいつでも食いに行こう」と宥めた。
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