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第6話
「失礼します」
指定されて陣内が訪れたのは、予想に反して、狭い資料室だった。そして、その部屋の中には既に、資料を探している人がいた。
「君は……」
「あなたは……」
実際、こんな事があるのかと思う程、見事なはもりだった。
ただ、そんな事も束の間で、逢坂はすぐに書籍を探すのを再開し始めた。
「探しているのはあと1冊なんだけど、見つからない」
視線はあくまで、本棚へ向けたままで、逢坂は手に持っていた何かの紙を渡す。それは先程、陣内が事務の人にもらった紙と同じものだが、1つの書籍を除いて、線が引かれていた。
どうやら、見つかっていないのはその1冊らしい。タイトルの横には「英訳でも可」とそれこそ殴り書きの、癖の強い字が走っていた。
「英訳でも可?」
陣内は何気なく、その言葉を口に出してみる。
すると、逢坂は今日、聞いた中で1番、低い声を出した。
「何だって?」
「え……あの……。この横の字が……」
陣内の口からは歯切れの悪い言葉が出てくる。
正直、最悪だった。確かに遅刻はしそうになったが、仕事はきちんとしたつもりだ。褒められるまではなくても、事実を言い、怒られるのでは筋が通らない筈だ。
すると、逢坂は意外にも、すっと笑顔を見せた。
「はぁ、それなら、もっと早くに君に来てもらえば良かったな」
「え?」
てっきり怒るのかと思いきや、逢坂は盛大に溜息を吐いた。
何故だか分からないけど、陣内の心臓の鼓動は少し早くなる。本当にどうしてかは分からなかったが、まるでこれは……。
「まぁ、これで今日の仕事は終わりだ」
もう2度と会う事がないと思っていた人。
しかも、明慈大学切っての将来有望のイケメン准教授。
そんな人物とどこにでもいるような専門学校の学生の陣内とがこうして、食事をする為に駅の方面に向かって歩いていく……そんな展開を誰が考えただろう。
それは今頃、教授を囲んでの打ち上げに行っている柚木にも。隣を歩く逢坂にも。それに、陣内自身にも考えられる事ではなかった。
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