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第15話
「さぁ、どうぞ」
「あ、でも、一体、何を話したら……」
逢坂がそんな事を言うと、陣内は困ってしまう。
すると、逢坂はいつものように助け舟を出してくれる。
「ああ、まず、自由に話してもらおうと思ったんだけど、困るよね。じゃあ、どんな事が面倒なのか教えてもらえるかな?」
「はい」
陣内はそこで、一旦、言葉を切った。
逢坂の車の座席は適度に柔らかくて、座り心地も良いのに、今はそれが何だか落ちつかなかった。
陣内は少し腰を浮かして、座り直すと口にした。
「やっぱり、良いです。先生には申し訳ないんですけど、話そうとすると、言葉が出てこない」
無言の逢坂に、陣内は息をするのが少し自然にできない。激しい心臓の高鳴りでおかしくなりそうだった。
ただ、それでも。その事を逢坂に気どられないように今日のお礼を言うと、座席を立ち、車から出ようとした。すると、陣内は不意に腕を引かれる。強い力ではなかった。ただ、本当に不意で、そのまま、座席に押し戻される。
しかも、座席自体も後部座席の方へ倒されてしまった。
一瞬、陣内は自分の身に何が起こっているのか、分からなかった。
しかし、
「えっ」
陣内の混乱しきった頭は休む間もなく、また、次の困惑に陥った。
あまりにも考えられない事だが、逢坂の長い指が陣内の乳首の辺りを撫でていたのだ。
「な、なんで……あっ」
シャツ越しに触れられると、もどかしさのような気持ちが生まれてくる。いくら、とっさの事だとは言え、払いのけるべきだと頭では警告が鳴り続ける。
ただ、そのもどかしい気持ちを振り切る事はできない。
そんな中、陣内の耳元には逢坂の声が響いてきた。
「最後に。こうして、誰かに触れてもらったのはいつ?」
「え……い、いつ……って?」
思いがけない熱を含んだ言葉に。陣内はただ、質問を繰り返しただけになる。
逢坂の指は次第に乳首を離れ、腹部を滑るように降りていく。腹を撫でられているだけなのに、躰全体にゾクリとしたものが走る。
「おそらく、そんなに昔じゃないね? ……彼女かな? それとも、彼かな?」
逢坂とは違い、陣内は自分のつき合った恋人の話はしなかった。
ただ、何となく、そんな事を確信できる何かを口にしたのかも知れない。さもなければ、顔なり、態度に出ていたのか。
陣内はぼんやりとする頭で逢坂を見た。
ただでさえ、住宅地のはずれで、今は夜間だ。人の往来はない。たまに、車が走り、ライトの光でパッと明るくなっているようだが、そのライトに背を向け、陣内に覆いかぶさるようになり、躰に触る逢坂の表情までは分からない。
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