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第20話
本棚が壁の両側に沿うように3列ずつあり、部屋の中央に長机が4つ、四角形になるように並べられている。部屋の奥には大きな窓があり、鉄格子がはめられていた。
陣内を呼びつけた張本人はその窓の近くの回転椅子に座り、雨が降っていくのを眺めていた。
「やぁ、待っていたよ」
多分、逢坂の部屋に入ってからの第一声はそんなものだったように思う。そして、「お茶はどうかな?」という逢坂の言葉にも陣内は硬かった。
「ふざける……ふざけないでください」
本来であれば、逢坂が年上であれ、この大学の優秀な先生であれ、タクシーの件や食事の席での事で良くしてもらった人であれ、陣内は怒鳴っても良い筈だった。
たとえ、身体を撫でられただけ。そんな遊びのような事だったとしても、合意でない以上はやってはいけない事だと思う。それに、ただでさえ、人と関わる事を煩わしく思う陣内が逢坂の事は好意的に考えていた。
そのショックも大きいものがあった。
しかし、そんな感情を剥き出して、言葉を投げかけても、この男には伝わらない気がする。
それならば、陣内は少しでも、冷静な態度で逢坂と話をつけたかった。
「ふざけないでください……か。まぁ、ふざけたつもりはないんだけど」
逢坂は先程まで書類に目を通していたのだろう。眼鏡のブリッジをさり気なく上げ、微笑む。
あのタクシーや資料室ではこの上なく不機嫌そうな顔をしていたが、逢坂はそれ以外で、笑顔を絶やす事がなかった男だった。そして、それは今も変わらないで、ティーカップを戸棚に閉まっていた。
だが、それは何かが違うような気がしていた。はっきりとは言えない。感覚的ではあるが、質のようなものが違う。陣内にはそんな気がした。
「ここへ来たのは勿論、この件で……かな?」
逢坂は昨日、運転席でしていたようにスーツの胸ポケットに手を差し入れる。
そして、その長い指と共に登場したのはやはり、煙草ではなく、それと同じ色をした小型の録音機だった。
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