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第31話(R18)
「あああ……」
陣内は掠れたような声を出した。
目を開けると、あの薬を塗る前から30分程、時計の針が進んでいた。耳を澄ませると、微かに洗濯機の音も聞こえ、ベッドから離れたデスクに逢坂の姿もあった。
何か、読んでいるのだろうか。
美しく細められる理知的な目に、タクシーや研究室でしていた眼鏡をかけていた。
長い指が書籍のページを優雅に捲り、先程の戯れが嘘のようだった。
「あっ、もう、触らない、でください……」
「嫌、だと言ったら?」
「んっ、どうして……。ろうして……せんせ……は……!」
どうして。
それは普段の穏やかな時間を過ごしている時も、このように、弄ばれるような行為をされている時も、何回も思った事だった。
一体、何が優しい逢坂をそこまで、変わらせるのか。それとも、今やその前のように、自分をいたぶる荒々しさこそが彼の資質なのだろうか。
どちらにしても、それが陣内にとっては哀しかった。
「答える必要はない、ね。」
「ああっ!」
幾晩も同じように腸内を責められ、次はどのようにされるかは分かっている。熱くなり、悲鳴を上げる寸前のペニスに指をかけられ、優しく擦り上げられるのだ。
しかし、今日はそうではなかった。
「ああ、今日は擦らないで、やってみようか。もしかしたら、良いところまでいくかも知れない」
それはもしかしたら、今までで一番、穏やかな声だったのかも知れない。
しかし、言葉自体は残酷そのもので、長い、労わるような指ももはや、陣内にとっては前立腺を抉り弄る狂暴な凶器でしかなかった。
「んっ! ああっ!」
陣内は切羽の詰まった声を出し、身を強張らせた。
その瞬間、臀部に力が入った事が嫌でも分かった。逢坂の指を締めつけ、それでも、なお、足りないと思う。目を苦しげに閉じて、感じる感覚の全てを追い出す。
ただ、もう胸の奥が熱くなるのが抑えられなかった。
「泣くのを我慢しなくて良い」
「え……。はあっ! あっ!」
そんな事を言われ、反射的に、だろう。
陣内の目尻に添うように生える睫毛が濡れた。
「あぁ……あァ……」
あの後、尿道口から何かが滲み出るのを感じた。逢坂はその滲み出た何かを前立腺液と言っていたか。勃起もしないで、イってしまったようだった。
正直、陣内にはそれが快楽だったのかは分からない。
ただ、年甲斐もなく、泣きながら叫んで、それから、逢坂に助けてと縋りつきたいと思うのを必死で堪える。
思い出しただけでも、その恥ずかしさに目を伏せたくなる。
陣内は逢坂の気配を窺うと、文字を追う事に夢中なのだろう。
逢坂は陣内に気づいた様子もなく、そのページを捲り、マグカップを傾けている。
良かった。陣内はそれだけ思うと、再び、目を閉じた。何だか、苦しくて、なかなか眠りにつけそうになかった。
しかし、逢坂にかける言葉が分からない。
眠ろう。眠れば、また朝が来るのだから。
眠って、起きれば、また優しい逢坂がそこにいるだろうから。
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