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第32話

 翌日、窓の外では空が白み、1日が始まろうとしていた。  あんなに苦しい気持ちがして眠れなかったのに、眠りについたら、熟睡できたのだろう。陣内は眠気も疲労感も感じなかった。 「せんせ……あっ、あ……」  だが、昨夜、叫んでいたせいだろう。  咽喉を痛めたまではいかないが、少し掠れた声が陣内の咽喉元から出てくる。 「あ、あ……」  何とも、情けない。  陣内はベッドから下りる。それから、できるだけ乱暴になる足取りを抑え、冷蔵庫のあるダイニングへと向かう。  この逢坂の部屋にいる間は水道やガスは勿論、冷蔵庫の中のものなど、自由にして良いと言われていた。 「はぁ……」  陣内の咽喉に冷たいミネラルウォーターが流れ込む。ただ、水を飲むようには逢坂の行為は飲み込めない。  どうして、逢坂はこんな事をするのだろう。  人に嫌われる……勿論、敵意を持たれるという事は陣内とて避けたい。しかし、人間である以上は好きな人間もいれば、嫌いな人間もいるだろう。もし、あんな風に辱めるくらい自分の事が嫌いなのであれば、これ以上、構わない欲しい。  それは人にどんな風に思われても、平気だと思っている陣内でもそれは辛い以外の何ものでもなかった。 「ああ、陣内君。おはよう」  今日の逢坂もいつも通りだった。  まるで、夜の事が嘘のように穏やかさに溢れている彼。今日は黒いスーツに白いシャツを着ている。  いつも、カラーのシャツを着ている逢坂にしては珍しかった。 「おはようございます」  基本的に、朝、昨日……特に、夜の軟膏剤を塗ってから後の一連の行為についての会話は出ない。特に、そこに逢坂とのルールがある訳ではない。 「突然なんだけど、今日から暫く、遅くなる」  暫く、逢坂と暮らしてみて、気づいた事だが、逢坂は少し朝が苦手なようだ。  今、考えれば、最初、タクシーに乗った時にやや不機嫌に見えたのはそのせいかも知れない。 「……陣内君?」 「あ、はい。」  目を細めた鋭い目で陣内は射すくめられる。  もしかしたら、ずっと陣内を呼んでいたのかも知れない。 「す、すみません。ちょっとぼんやりしてて……」  あれこれと考えた訳でもない言い訳が陣内の口から零れる。  すると、逢坂は笑うでも、厳しい顔をする訳でもなく、口を開いた。 「もしかしたら、帰ってこれない日もあるかも知れない。君も自分の部屋には何日も帰っていないだろうから、帰ってきたらどうかな?」 「え?」  それは思いがけない言葉だった。

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