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第36話

「やぁ」  陣内は柚木との電話後、暫くして柚木が指定した店にやってきた。  ファーストフードの店だったり、ダーツを置いている若者の客が多いカフェだったりしたが、今日、指定された店は違っていた。 「珍しいな。お前、あまり酒好きじゃなかっただろ」  茶色のずんぐりとした瓶に、青いすらっとした瓶、黒い陶器に入った読み方のわからない酒名の瓶……ここには様々な色形をした瓶が並んでいた。 「ああ……でも、飲めない訳じゃないし。ただ、今日は無性に飲みたくて」  それはどこか柚木らしくない言葉が続く。  陣内は柚木に勧められるまま、席に着き、ビールを頼む。  店内は暗く、席は入口から遠いところにある。しかも、店員は酒や料理を持ってくる以外は呼ばないと来ない感じがする隅の席だった。 「で、話って?」  サーモンの乗せたサラダや生ハムとオリーブで飾られたトマトピッツアなど、アラカルトを数点、オーダーしたものがテーブルを埋める。グラスが1つ、2つと増えていく。  しかし、柚木の口は重く、なかなか本題に入らなかった。  ただ、それも陣内から言われると降参したように笑った。 「話……そうだったね……」  陣内は何だか、逢坂の事を思い出していた。  といっても、柚木の顔が逢坂の顔と似ている訳ではない。  確かに、柚木も顔の各パーツは形が整っていたが、その形は大きく違う。特に、目は逢坂の切れ長の目とは対照的に目尻が短く、垂れている。決して、鋭い訳ではないが、聡明な眼差しをしていた。  そして、何より惹きつけるようなものがあるのだ。 「実は、東京に行く事になるかも知れなくて」 「東京?」 「ああ……まだ、決定という訳じゃないんだけど、まさか、受かるとは思わなくて……。でも、悪い話じゃないし、考えてみようと思う。」  柚木は穏やかに笑う。  柚木の話はとある企業の内定をもらったというもので、その会社へ就職すれば、地元は離れるという事だった。  陣内は何を言うでもなく、黙っていた。  友人であれば、ここでおめでとうの一言をかけるなり、何か、感想を述べるなり、何らかのリアクションをとるべきなのだろう。  ただ、逢坂との件があり、本調子ではない陣内には混乱へ陥らせる以外の事実ではなかった。  しかも、その混乱は留まる事なく、陣内を襲った。 「だから、言っておこうと思ってさ」  柚木の声はいつもと変わらなかった。  明朗で、柔らく溶けていくような声をしている。だから、一瞬、何が告げられたのか、分からなかった。 「僕はジンが好きだよ」

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