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第37話

 陣内の思考はバラバラと切り刻まれて、まとめる事もままならない状態だった。  昨晩、陣内は1杯の酒しか口にしていなかったが、その気分はまるで、2日酔い……しかも、かなり性質の悪いものにでもかかったように不鮮明なものだった。  何とか、このアパートへ帰ってきた事は覚えている。  あとは、帰り際に柚木の口から零れた告白…… 「ジン? お前が誰かを好きになると、苦しむのは知っているよ。だから、僕の事は無理に好きにならなくて良い」 「……っ」  そんな一方的な意思表示の後、柚木はテーブルから乗り出すように顔を陣内の唇へと近づける。柚木の柔らかい唇で、僅かに陣内の口元が揺れた。それに、微かに漂うアルコールの香りで嗅覚でもキスをしたのだと感じる。  多分、店内の客やスタッフは見ていなかったとは思うが、そんな事を思う余裕も陣内にはなかった。  陣内はそれらを振り払うように力の入らない足に力を入れる。向かうのは冷蔵庫だった。  動揺なのか。それとも、何か、別の理由か。咽喉が異常に渇いていた。  ただ、実際、冷蔵庫まで来てみると、その蓋を開ける事はなかった。 「もう……」  少し掠れた声がダイニングで聞こえ、消える。  陣内は冷蔵庫に身体を預けるように頭を垂れる。足は力をなくして、床へと崩れていった。  もう嫌だった。  確かな理由のないまま、自分を弄る逢坂も。こんな余裕のない時に、自分を好きだ、などと言った柚木も。  そして、こんなに苦しくなっている自分自身も嫌だった。 「もう誰も好きになりたくない……。もう誰も好きにならないで……」  俺を。  心の奥で思っていたものが弱々しい言葉になって出てくると、陣内は静かに目を閉じた。

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