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第13話
風呂場はとてもいい匂いが充満していて、湯船につかっていると体中の毛穴から、気づかなかった疲れがどんどん染み出ていった。
「はぁ」
ゆったりと息を吐いて目を閉じると、ふんわりと湯気とともにただよっている香りが強くなった。骨の芯からポッポッと熱が生まれて、肌がふくらむ気がした。
まかせろなんて自信満々に言っていたオシロは、マタタビを手に入れられなかった。そう簡単に自生しているマタタビを見つけられるわけはないって、里見さんも考えていたんだろう。ペット関連の店で乾燥したマタタビの枝や粉末を買ってきて、通販で人間用のマタタビ茶を注文していた。
樹液はさすがに見つからなかったから、それに代わるものを注文しましたと、恥ずかしそうに報告してくれた里見さんは、立派な成人男性なのに少女めいた雰囲気をまとっていた。ほんとうに、この人が俺を抱けるのかといぶかるほど、里見さんは美人ではかなくて繊細だ。
でも、俺は風呂を出たら里見さんに抱かれるんだ。
そう考えると、湯船からなかなか出られなかった。里見さんは先に風呂に入って、二階の寝室で準備をして待っている。どんな準備をしているのかわからないけれど、そう言ってはにかみながら階段を上がっていった。
「ああー」
意味もなく声を出して両手で顔をおおった。湯船にマタタビの枝が浮いている。ネコの姿のまま風呂に入れて、連れて上がればいいとオシロは言った。どうせ裸になるんだから、かまうことはないって。だけど里見さんは、心の準備がいりますからと俺に指を差し出した。とりあえず風呂に入って二階に上がるくらいの時間、人間でいられる程度に吸ってくださいと。
まだ完全とは思わないまでも、里見さんの顔色はだいぶよくなっていたし、俺もそうしたかったから里見さんの指を噛んだ。ひさしぶりの里見さんの血はとても甘くて、気を引き締めていないと夢中になってしまいそうだった。
「そろそろ……行かないとな」
いつまでも湯船に浸かっていたら、ネコの姿に戻ってしまう。こんなに丁寧に洗うのははじめてってくらい体の隅々まで、下半身を中心にしっかりと時間をかけて洗ったし、心の準備のために湯船にも長く浸かっている。
「よしっ」
ネコに戻る前に二階に行くぞと気合を入れて、風呂から出てバスタオルで体を拭った。頭にはネコの耳。尻でしっぽが揺れている。これらともお別れだと思うと、感慨が湧いたりなんてことはなく、なくなったらもう里見さんとこの家で暮らせないんだなと胸がきしんだ。
「俺が選んだんだ」
中途半端でいたら、里見さんはずっと気を病み続ける。なにも悪くないのに俺に申し訳ないと思って、気を遣い続けてしまう。好きな人に気にかけてもらえるのはうれしいけれど、引け目を感じられるのはいやだ。それになにより、抱くのでも抱かれるのでもどちらでもいい。里見さんとそういうことをしたかった。
どうせ脱ぐのだからと、脱衣所に着替えはなかった。けどせめてバスタオルくらいは巻いておきたい。俺の股間は緊張と期待とで興奮していて、バスタオルを巻いても大きくなっているのがバレバレだった。
なんか、すごく恥ずかしい。でも、もっと恥ずかしいことをするんだからと顔を上げる。里見さんのほうがずっと、俺より恥ずかしいし緊張をしているだろう。だって、俺を抱かなきゃいけないんだから。
階段を踏みしめて、一段あがるごとに鼓動が激しくなった。俺の股間はキリキリと痛むほど大きくなって、発情して夢中になったあのときみたいに、キスだけでイッてしまうかもしれない。
寝室の襖の前で立ち止まり、深呼吸をして手を伸ばす。開けなきゃいけないのに、引手にかけた指が動かせない。しばらくそうしていると、向こう側から襖が開かれた。下着みたいな白い着物姿の里見さんが、わずかにまつ毛を伏せてほほえんでいる。無言でうながされて部屋に入ると、ふんわりと心地いい匂いがくゆっていた。アロマポットみたいなものが目に入る。下の部分で炎がゆらゆらしていて、その上にある皿に乗っているのはアロマオイルではなく、茶の葉みたいなものだった。匂いから、マタタビの粉末だとわかる。
「茶香炉、というんです」
背後で里見さんが言う。襖を閉められると、アロマポット……もとい、茶香炉で揺れる炎の灯りだけになった。幻想的というか、妖しい雰囲気が室内にただよっている。ネコになってから夜目が利くみたいで、ちいさなろうそくの炎だけでも室内の様子はしっかり見えた。敷布団が敷かれていて、腰のあたりに筒状のクッションが置かれている。枕元にはなにかのボトル。目を凝らすと、ローションと書いてあった。あれを使われるんだと思うと、勝手に体が震えた。
「怖いですか」
不安をにじませた里見さんに、いいえと答えようとしたけど声が出なかった。そっと腕に指を添えられると、体に電流が走った。ゾクゾクとして、しっぽが逆立つ。
「クッションに腰をあてて、仰向けに寝てください」
うなずいて、言われたとおりにした。これなら、しっぽの根元が床に押しつぶされなくていい。
布団の脇に立った里見さんが帯を解き、着物を落とした。なめらかな肌がろうそくの明かりに浮かんで、ゴクリと喉が鳴る。里見さんは下着をつけていなかった。身幅はうすいけれど、しっかりと男の骨格をしている里見さんの腰に、俺とおなじものがそびえている。柔和な顔つきと雄々しいそれの対比が、ものすごくエロかった。淫猥という言葉は、このためにあるのかと里見さんを見つめていると、照れ笑いを浮かべた里見さんがしゃがんで、俺の顔をのぞき込む。
「あの、泉さん……いまだけ、オシロのように“裕太”と呼んでもいいですか」
おずおずと問うてくる里見さんの瞳がうるんでいる。色っぽくて、俺の胸と股間がドキドキした。うなずくとうれしそうに顔をほころばせて、ちいさく「ありがとうございます」と言われた。それだけで体がとろけてしまう。俺は心底、里見さんに惚れているんだな。
里見さんの手が俺の頬に触れる。顔が近づいて、唇をやわらかく押しつぶされた。舌で唇の形を確かめられて、俺も舌を伸ばした。舌先がぶつかって、ちょっとびっくりした里見さんが口の中に舌を入れてくる。唇を開いて里見さんの舌に舌を絡めて、首を曲げてもっとキスが深くなるようにした。
「ふっ、ん……っん、ふぁ、んっ、ん」
里見さんの舌はふだんの控えめな態度とはうらはらに、縦横無尽に動いて俺の口の中をまさぐってくる。息苦しくなって、唾液が湧いて、飲もうとしたら里見さんの舌を吸ってしまった。
「んっ、ふ……ぅうっ」
ゴクリと自分の唾液ごと里見さんの唾液を飲むと、体の芯が熱くなった。じわりとアソコから先走りがこぼれて、細胞のひとつひとつがザワザワと浮き立った。脳みそがジンジンしびれて、意識がとろけてクラクラした。
「はふっ、んっ、んふぅうっ、んむっ、う、うう……んっ、ううっ」
もっと気持ちよくなりたくて、里見さんの頭に腕を絡めて舌を伸ばす。里見さんの舌がさらに乱暴な動きになって、息ができなくなって涙が滲んだ。
「んふぅうっ、んっ、んぅうっ、む、ふ、んぅううううっ!」
キュウッと舌を吸われた瞬間、目の前で花火が散った。唇を重ねたまま、腰を突き出して精を漏らす。ビクビクと痙攣する俺を見る里見さんの、愁いを含んだ濡れた目の奥に鋭い光が揺れていて、俺の心臓がギュウッとしぼんだ。はかなげな雰囲気は消えていないのに、獰猛な肉食獣めいた鋭利な瞳になった里見さんがほほえむ。オスを感じさせる笑顔に、肌が炭酸がはじけるみたいに淡く震えた。あらためて、この人に抱かれるんだと自覚した。
「裕太」
息交じりの声で呼ばれて、急速に喉が渇いた。里見さんはうわずった表情で俺の耳に唇を寄せて、耳朶を噛む。ビクッと震えると胸をまさぐられて、乳首をつままれた。
「ぁ、は……っ、んっ、ん」
マタタビのせいなのか、指の腹で突起をくすぐられたら変な声が出た。恥ずかしくて両手で口をおおう。里見さんの唇が移動して、乳首を吸われた。
「ふっ、んぁ、あんっ、んんっ」
チロチロと舌先で乳首をもてあそばれて、もう片方を指でクルクルいじられると、さっきイッたばかりの股間がムクムクと育った。里見さんの腹をつつくぐらい勃起したそこに、乳首にあった里見さんの指がかかる。バスタオルごしに掴まれて、ヒクッと喉が震えた。
バスタオルが外される。直に陰茎を握られて、根元をまさぐられて袋を揉まれた。それと同時に乳首も吸われて、しっぽで布団を叩きながら足指でシーツを握った。
「ふっ、んぁ、ぅ、んんっ……ふっ、う、うう」
またイッてしまいそうだ。俺、こんなにはやかったっけ? 両手で口を押えているのに、愛撫のたびに声が飛び出てしまう。顔を上げた里見さんの額が、俺の額と重なった。
「裕太」
ブルッとおおきく震えると、陰茎をしごかれた。先っぽを指の腹でグリグリされながら、幹を扱かれる。両手で追い詰められる俺の視線は、里見さんにとらわれて外せなかった。イク瞬間の表情を見られてしまうと思っても、顔をそらせない。不思議な魔力が里見さんの瞳に宿っていて、俺は獲物なんだと自覚した。だったら、狩人のするがままになるしかない。
「ふっ、ぁう……んっ、あっ、は、ぁ、あああああっ!」
またもや、あっけなく達してしまった。口元は手で隠していたけれど、思い切りイク顔を里見さんにさらして。
里見さんは満足げに頬を持ち上げ、俺の鼻先にキスをして体をずらした。なにをするんだろうと見ていたら、口を開いてためらいもなく、やわらかくなった俺の陰茎にぱくついた。
「っ! あ、里見さん」
精液まみれの俺を、里見さんはおおきすぎる飴玉みたいに舌で転がす。やわらかなそこは、すぐに硬くなってしまった。自分がこんなに元気だなんて、知らなかった。立て続けにイキまくって、それなのにまた滾るなんて信じられない。
「はっ、ぁ、ああっ、ふ、ぁああぅ」
このままじゃ里見さんの口の中で出してしまう。あわてて手を伸ばして里見さんの髪をつかんだ。さらさらとした手触りが気持ちいい。それとは別種の快感が腰から背中を駆けのぼり、意識をたわませる。
「さ、里見さ……っ、あ、ああ」
わからないはずはないのに、里見さんはやめてくれない。里見さんが俺の陰茎をしゃぶっている。俺の精液を飲もうとしている。薄いけれどぷっくりと愛らしい、形のいい唇から俺の欲の証が見えている。そんな状態に長く耐えられるわけがない。
「く、ぅううっ!」
またもや俺は射精した。ジュッと吸い上げられて、腰を浮かせる。しっぽが力なく揺れて、胸をあえがせて余韻に震えていると里見さんの手が頬に触れた。
「裕太」
宝物を呼ぶみたいな声音に、心がわななく。目じりを朱に染めた里見さんが、淡いろうそくの明かりにぼんやりと照らされている。清楚なくせに妖艶な微笑が近づいて、変な味のするキスをされた。これは、俺の味だ。俺の精液の味なんだ。俺のかけらが里見さんの喉を通って、里見さんの体に入った。――俺も、里見さんのかけらが欲しい。
「里見さん」
体を起こすと、里見さんが首をかしげた。里見さんの唇に唇を押しつけて、うつぶせになる。しっぽを揺らすと、里見さんは俺の意図をわかってくれた。しっぽのつけ根をくすぐってくれる。
「っ、は、ぁ……んっ、ん」
気持ちがよくて、自然と尻が持ち上がった。枕元のローションに里見さんの指が伸びる。視界からローションのボトルが消えて、尻に冷たいものが落ちた。
「ひゃっ」
「すこし、ガマンをしてくださいね」
尻の谷に冷たいものがたっぷりと塗りつけられる。自分の尻の孔がヒクヒクしているのがわかって、そこに指をあてられてヌルヌルするものを注がれる。冷たかった液体はぬるくなり、あたたかくなって、俺はしっぽをピンと伸ばして尻をさらに突き出した。
「息を抜いてください」
指が入った。喉の奥に吐き気がせり上がる。入り口をていねいに擦られると、しばらくしてそれは消えた。たっぷりと時間をかけて、里見さんが俺をほぐしている。もどかしくて、しっぽで里見さんの手を叩いた。
「まだですよ。負担をかけたくないんです」
里見さんの息が荒い。興奮しているのかと首を曲げると、里見さんの股間が見えた。獰猛なくらい興奮している里見さんを見て、ビクンと腰が跳ねる。
「怖いですか」
恐怖で震えたと勘違いをされた。たぶんこれは武者震いだ。
「すみません」
違いますと言う前に謝罪されて、すれ違いに心がきしんだ。俺は里見さんを求めているんです。そう言葉にできたらいいのに、グズグズに溶けそうな意識はうまく働いてくれなかった。いやがっていないと示すために、しっぽとともに尻を振る。
「せめて、気持ちよくなってもらえるように、がんばりますね」
「ふぁっ、あ、ああ……っ、は」
もうすでに、充分すぎるくらいに気持ちよくなっています。それを伝えるには、素直に嬌声を上げるのが一番だ。シーツを握って、尻を突き出し、奥をまさぐられるごとに湧き上がる声を素直に出した。里見さんの指が増えて、俺をどんどん広げていく。腰の骨がとろけるくらいに気持ちがよくて、力が抜けた。さんざんイッたくせに、俺の陰茎はまた元気になって先走りをしたたらせている。
俺、こんなに絶倫で淫乱だったっけ。ネコになったから、人間のときと違っているのかもしれない。まあ、そんなことはどうでもいい。指が抜かれて、太くて熱いものが尻の谷にあてがわれた。そっちのほうが大切だ。
里見さんの欲望が尻の谷を擦っている。いよいよ貫かれるんだと、とろけていた体に緊張が走った。
「息を抜いてください、裕太」
尻を掴まれ広げられて、先端で尻孔をつつかれる。肺のなかのものをゆっくりと吐き出すと、グッと質量のあるものを押し込まれた。
「あっ、あ……は、ぁ、あ」
息が詰まる。グッグッと押し込まれるものに押し出されるはずのものが、喉の奥で塊になって動かない。
「裕太、息を吐いて」
したくてもできないんです!
心の叫びが聞こえたのか、里見さんの指が陰茎にかかった。ゆるゆると擦られると力が抜ける。それに合わせて、里見さんは俺の奥へ入ってきた。
尻に肌があたった。里見さんが根本まで入ったんだ。感動が押し寄せてきて、鼻の奥がツンとする。ズズッと鼻をすすると、腰を撫でられた。
「すみません……でも、もうすこしですから、ガマンしてくださいね」
いやがっているんじゃないんです。その逆で、うれしいんです。心の中で伝えたら、里見さんが動いた。ズッズッと体のなかが里見さんに擦られる。圧迫感にあえいでいると、だんだん慣れてきたのか、こわばっていた俺の内側が、ムズムズと動いて里見さんに絡んだ。
「ぁ、はぁうぅ……ふ、はぁあっ、あ、んぁ、あっ、あ」
俺の声に引き寄せられるみたいに、遠慮がちだった里見さんの動きが大胆になる。陰茎からダラダラと先走りをこぼしながら、腰を揺らして里見さんを誘った。もっともっと、里見さんの好きなように動いてほしい。
だれかを体内に埋められるのはこれがはじめてだけれど、包む熱さと硬さから里見さんがイキたがっているとわかった。里見さんが俺を飲んでくれたみたいに、俺も里見さんを飲みたい。里見さんを俺のなかに注いでほしい。
想いが通じたのか、里見さんは肌のぶつかる音がするくらい、激しく強く俺に体を打ちつけてくれた。荒々しい呼気とともに、きれぎれに「裕太」と呼んでくれる。体も心も火傷するくらい熱くなって、俺は夢中で声を上げて里見さんを受け止めた。
「く、ぅ」
短いうめきとともに、里見さんが精を吹き出す。奥を叩かれて、俺も絶頂を迎えた。ゆるゆると余韻を味わうように、里見さんが腰を揺らして俺を擦る。俺も体を動かして、里見さんを味わった。
「は、ぁ」
どちらともなく吐息をもらして、体が離れた。里見さんの抜けた箇所が、名残惜しいとヒクついている。体は満足しているのに、心は不満だった。こんな機会は、きっともう二度とない。人間に戻った俺はマンションに帰って、里見さんと出会う前の生活を送る。それは里見さんと接点がなくなるということで、たとえあいさつを交わす間柄になれたとしても、こんなふうに抱き合ったりはできない。
体を反転させて、里見さんに腕を伸ばす。首に指をかけて引き寄せて、唇を重ねた。里見さんは悲しげにほほえんでいて、俺はマタタビに酔っているフリをしてキスを求めた。
「んっ、ん」
唇をついばんでいると、里見さんの舌が伸びてきた。唇で挟んで吸うと、腰が震えた。あんなにイッたのに、まだまだイケそうだ。だったら、尽き果てるまで里見さんと絡まっていたい。
「裕太」
呼ばれると産毛が逆立った。里見さんの指が俺の髪に沈む。キスが深くなった。互いの髪をかき混ぜながら角度を変えて、激しくなったキスに夢中になりながら、ネコの耳が消えていると気づく。
俺はもう人間に戻ったんだ。里見さんといっしょにいられる理由がなくなった。
胸の中心から、ひんやりとしたものが広がっていく。肌は火照っているのに凍えそうで、両足で里見さんの腰を引き寄せた。俺のイキ顔を里見さんが見たように、俺も里見さんがイク瞬間の顔を見たい。だけど里見さんに、もう俺を抱く理由はない。
キスをしながら、里見さんが欲しいと目で告げる。里見さんの瞳は、まだオスの気配をたっぷりと滲ませていた。
「裕太」
ほとんどが息の、かすかな声を唇で拾う。どうかマタタビに酔って、発情していると思われますように。それをなだめるために、また抱かなければと思ってもらえますように。
祈りは通じた。
里見さんの腰が俺に迫る。尻をつついた里見さんの欲望は硬かった。まだ興奮してくれていると知って、ホッとする。わずかなためらいののちに、里見さんはひと息に深く俺を貫いた。
「っは、ぁ、あはぁあああっ」
あまりの衝撃に首がのけぞる。
「裕太……ああ、裕太」
そのままガツガツと突き上げられて、俺は悲鳴を上げた。振り落とされまいとしがみついて、涙でゆがむ視界に里見さんを映す。眉間にシワを寄せる苦しそうな里見さんの表情にドキリとして、こんなに動悸がはげしいのに、まだ心臓が跳ねる余裕があったのかとおどろいた。必死の形相で、愁いに彩られた目の奥に狩人の鋭さを宿した里見さんが、俺の名前を繰り返し呼びながら揺れている。抱かれているのは俺なのに、すがりつかれている気になった。
「ぁは、ぁ、ふ、ぁあうっ……さ、さと……っ、さん……里見さ……ああっ」
想いがあふれて意識がのぼせた。頭の中が真っ白になって、それでも里見さんの熱と声、表情はしっかりと認識できている。里見さんのほかはなにもわからなくなって、突き上げられるままに啼き続けた。
「ぁはぁううっ、は、ぁあ、ああ、さ、里見さん……っ、ぁ、はんっ、は、ぁ」
「っ……裕太」
歯を食いしばって極まった里見さんを受け止めると、ふわあっと目がくらんだ。輪郭があやふやになって体が浮かんで、目の前が白くかすむと意識が飛んだ。
遠い場所で俺を呼ぶ里見さんの声が、かすかに聞こえる――。
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