2 / 8

第2話 内緒の……

「ミオさん入りまーす」 薄暗いスタジオに入ると、至るところから スタッフに挨拶されそのひとつひとつに頭を下げる。 するとどうだ、一斉にザワッとなり 俺が通り過ぎたあと数人のスタッフが 固まって話しはじめた。 小声で聞き取りにくかったが 何とか聞き取れたのが 『あのミオさんが挨拶に応えてくれた?!』 『今日は機嫌がいい日なんだぁ。よかった』 的な内容。 最近ではいい加減慣れたが、 ”行きがかり上の勢いだった”とはいえ、 自分が”身代わり”を務めるカリスマモデルの あまり良くない噂や陰口を耳にする度、 気分は凹みがちになる。 そう ―― 俺は今、 飛ぶ鳥を落とす勢いで芸能界に進出している カリスマモデル・神宮寺ミオの身代わりをやっている。 ミオと俺は同じ養護施設で育った幼なじみ 同士だ。 その施設から卒院し、1人暮らしの生計を立てる為 アルバイトをしていた喫茶店にたまたまミオがお客 として来店し、2年ぶりに再会したのだ。 当時のミオはまだ駆け出しのモデルだったけど、 モデル業界では”いち目もに目も置かれている”という プロモーターの強力な後ろ盾を得て、着々とその キャリアを積んでいた。 彼女と仕事をするほとんどの現場スタッフは、 姫の本日のご機嫌に一喜一憂するよう、 日によってミオの機嫌は著しく変化するが。 それはミオの、人一倍”わがままで・甘えん坊で・ かまってちゃんで・寂しがり”な性格の表れだと、 一緒に暮らすようになってから気が付いた。 そんなミオは時々ぷいっと姿を暗まし、何日も 行方知れずになる事がある。 ミオ、曰く ―― 何とかのいぬ間に命の洗濯、 だそうだが…… 事務所の社長さん自ら”ミオの身代わりでカメラの 前に立ってくれ”と言われた時は、どうなる事か? とかなり肝を冷やしたものだ。 「九条さん入りまーす」 その掛け声にさっきより一段とスタジオ内が騒つく。 その名前には聞き覚えがあった。 でも、まさか。 と疑う気持ちで入り口を振り返って見ると、 まとう空気が明らかに違う男性が入ってくる。 その人から視線が外せない。 テレビ越しによく見る 今をときめく人気俳優 【九条 隼斗】は 生で見ると、ド迫力のイケメンだった。 そのイケメンが真っ直ぐこちらに歩いてくる。 あ ―― なんだこれ、デジャブ……。 「あ、さっきのサングラスの……」 「え?」 「っ! いえ。なんでもないですっ」 歩く様がついさっき駐車場で会ったサングラスの イケメンと被り、あれは九条隼斗だったのかと気付いた。 それが無意識のうちに言葉に出ていた。 そんな俺の呟きは結構近くまで来ていた九条隼斗にも 聞こえてたらしく聞き返され、あることに気付く。 あの時、俺は本来の自分(小鳥遊 洵)だった。 いかんいかん。 ほら、彼も不思議がってる。 誤魔化すように微笑めば、笑顔で返された。 「はじめまして、九条隼斗です。今日はよろしく」 遠目でも十分輝いていたのに、 間近で見るともっと輝いていた。 180はあるだろう身長に、 きちんとセットされた黒髪は右半分だけ後ろに 流されていて、とても彼に似合っている。 「ミオさん?」 挨拶されてからボーッと九条隼斗を眺めていたらしく、 不思議そうな表情で覗き込んでくる。 もうっ! そんな表情もイケメンだ。 「あ、や、スミマセン。男性でもこんなに綺麗な人が いるんだなぁって見惚れてました」 自分で言って自分でダメージを受けてるおバカな俺。 それがわかったのだろう。 隣に立っている手嶌さんが鼻で笑う気配が伝わってきて ムッとした俺は、軽くパンチをお見舞いしてやると軽く 頭を小突かれた。 そんなやり取りをしたのち、 なんとなく九条隼斗に視線を戻すと、 ついさっきまでの温厚な微笑みなんか微塵も 感じさせない能面のような冷たい顔で俺を 見下ろしていた。 「……」 今自分が目の前で見ているものが信じられず、 つい目を見張ってしまう。 あまりにも冷たい印象を受けたそれは 俺の様子に気付くと何事もなかったかのように すぐ元の爽やか笑顔に戻ってく。 「どうかした?」 「……いえ」 なんだこいつ。 なんなんだ……なんか……気持ちわるい。 じっと見られている視線に耐え難く、 そっと一歩下がって手嶌さんの裾を摘む。 「あ ―― ミオどうし……」 『九条さん、ミオさんちょっといいですかぁ』 手嶌さんの言葉に被さるように、 遠くから俺達を呼ぶスタッフの声が響き、 心配そうに顔を覗き込んでくる手嶌さんに 「も、大丈夫」という気持ちを込めて笑顔を見せると 九条隼斗に視線を送った。 「行きましょう、ミオさん」 掛けられた言葉に頷き、 手嶌さんと聖也さんに「行ってきます」とひと言断って 自分よりひと回り以上大きな背中を追う。 その背中を眺めながら、 俺の中で九条隼斗は “カッコいい誰もが憧れる俳優さん”から、 “人間味がなくて得体の知れない人”そんな印象に 変わっていた。 「え……」 スタッフに呼ばれ、向かったそこで九条隼斗と2人、 今日の撮影の説明と最終確認を受けたのだが、 その内容に目を見張るのは自分だけじゃなく意外にも 九条隼斗もだった。 どうやら、自分と同じで内容の事前通達はなかった らしい。 それにしても、なんだかんだ手嶌さんが最後まで 撮影の内容をはぐらかしていた理由がわかった 気がする。 撮影内容を事前に聞いてたら確実に俺も拒否していた。 今からでも間に合うかな?  とかいうのは無駄な悪あがき。 本物のミオは絶対知ってたんだ。 今日の撮影に“キスシーン”があるってことを。 傍から見てる分には橘さんの一方的片思いに見えるが、 何だかんだいってミオだって物凄く彼の事を好きみたい だから、いくら仕事とはいえ他の男とキスなんか したくなかったんだろう。 (因みに ”橘さん”とは?  今ミオが真剣交際している男性。業界人ではなく、  一般の人で。仕事は**区役所の戸籍住民課に  勤務する地方公務員だ) ……ただ、その相手までは知らなかったらしい。 ミオってばかなり熱烈な九条隼斗ファンだからね。 実物に会えるし、しかもキス出来るとなれば 喜んで自分が来るはず。 だけど俺は…… いくら相手が今をときめくイケメン人気俳優だとしても こんな公の場で公開ファーストキッスだなんて…… あり得ない。 しかも、こっちはこんな格好してはいてもれっきとした 男なワケだし……。 こんなの相手役の九条隼斗が知ったらイイ気はしない だろう。 ……でも、これは仕事。 俺は身代わりでこの撮影をストライキして、 ミオがどう評価されようがはっきり言って俺には 全然関係ない。 関係無い……けど。 1人心の中で葛藤していると、 それが顔に出ていたのか九条隼斗が声をかけてきた。 「もしかしてミオさんも今日の撮影内容聞かされて なかった感じ?」 「あ……はい。九条さんも、ですか」 「実はそうなんだ。 いきなりキスシーンって困っちゃうよね」 「ゔ~~~っ」 もう、最後の方は唸っていた。 唸って少し離れた位置にいるだろう手嶌さんに 恨みのこもった視線を送る。 サラっと無視された 「安心して。キスしたフリにするから」 「え……」 「だから、頑張ろ」 そう言ってニコッと笑いかけてくる九条隼斗。 あれっ、さっきは冷たい印象とか思ったけど なんだかいい人っぽい… 「ありがとうございますっ」 今自分はミオだということを忘れて、 おもいっきり頭をさげてしまった。 『ミオがお礼言った……?』 『しかも頭まで下げてる!』 スタッフのそんな会話が聞こえ慌てて頭をあげると、 ポカンとした表情の九条隼斗と目が合い、 つい小さく笑ってしまった。 すると、彼も一緒になって笑いだす。 「ミオさんって聞いてたイメージと随分違うね」 「ぅ、あ ―― い、いゃあ、そうですかぁ……? アハハハ~~」

ともだちにシェアしよう!