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第3話 内緒の……②
「ではそろそろ撮影に入りまーす皆さん持ち場に
ついてください。九条さん、ミオさんもお願いします」
どう誤魔化そうかしどろもどろしていると、
ナイスタイミングでスタッフの大きな声がスタジオ内に
響いた。
「あ、じゃあ行こっか」
「はい」
薄暗いスタジオ内でそこだけスポットライトが
集中している場所に、
スタッフから渡されたリップクリームを握って
九条隼斗と2人で立つ。
今日の撮影は男女両方使えるようなリップの
広告の撮影だった。
まずペアで撮ってからそれぞれピンで撮る。
コンセプトはキスしたくなる唇。
「はーい、お2人共今日はよろしくー」
「お願いします」
「お手柔らかにお願いします」
カメラのアングル確認をしながら陽気に声を掛けてくる
彼は、よく雑誌などの撮影の時担当してくれる
カメラマンさんだった。
このカメラマンさんは、誘導が上手くて好きだ。
「はい、じゃ早速いこうかーまずはお互い向かい合って
みて」
言われた通りに向かい合う。
2人の間は人1人分ぐらいの距離が空いていて、
それを少しずつ詰めていく。
改めて見ると、ホント大きいな……
見上げた時顔がある位置の高さ、肩幅、
俺の頬に宛てられた手の大きさ、男の人なんだから
当たり前だけど何もかもが俺より大きい。
「おぉ、いい感じだな」
人1人分あった隙間は
今ではピッタリ寄り添ってゼロになっている。
持っていたリップをお互い塗り合って、
本当の恋人同士のように指を絡めて笑い合う。
容赦なく浴びせられるカメラのフラッシュ。
何回かピン以外での撮影はしたことあるが、
その誰よりも九条隼斗はやりやすかった。
今までの相手は自分がよく写ろうと必死で
相手のことなんか二の次だったのに、
九条隼斗は相手を引き立てるようにポーズを
取ってくれる。
だからだろうか、いつもは無理やり作ってるのに、
今日は何故か自然と笑える。
「じゃあ、キスしてみようか」
きた……
カメラマンさんのその言葉で、
腰に回されていた手が俺の顎をそっと持ち上げる。
大丈夫……。フリ、キスするフリだ
そうわかっているのに段々近付いてくる
九条隼斗の綺麗でカッコいい顔にドキドキして
心臓が今にも飛び出してしまいそう。
髪が優しく梳かれる。
指先で唇をなぞるように優しく撫でられる。
自然と視界がウルウルしてきて
気付いたときにはに目いっぱいに涙が溜まっていた。
「……ごめん」
「え――っ?」
パシャパシャッ
聞こえるのは、連続したカメラのフラッシュと
周りのスタッフの息を呑む音だけで
何故かそれもボワーンと遠くに聞こえる。
「はい、オッケーいいな最高っ! じゃあ、隼斗は
そのままでミオちゃんは呼ぶまで休憩しててね」
カメラマンさんにそう言われるものの、
状況がいまいち理解できず動けないでいる私を
慌ててやってきた手嶌さんが九条隼斗から引き取る。
腰に手を回され悪いなと思いながらも、
手嶌さんに体重を預けて椅子のところまで
連れて行ってもらった。
「大丈夫か? マコ」
「な、にが……」
起きたの?
そう聞きたいのに現実を受け入れ難くて聞けない。
まだ感触が残ってる唇。
「はい、まーたん。これでも飲んで落ちつきな」
「……あ、ありがと」
廊下にある自販機で買ってきてくれたらしいジュースを
聖也さんから受け取る。
が、手が震えてプルタブが開かない。
「貸せ」
「あ、……スミマセン」
「おら。まぁ、アレだ。
さっきのは犬にでも舐められたと思え。
そんなに落ち込むな」
「そんな ――」
無茶な……
そう続けようとした言葉は聖也さんのため息によって
遮られた。
「柊ちゃん、さすがにそれは無理よー」
「あー……」
2人の会話をなんとなく耳に入れながらも
俺の頭の中はさっきのことが無限ループ。
やっぱり、九条隼斗とキス……したんだ
フリだけにしようって言ってたのに……
持っていたジュースの缶を両手でギュッと
強く包みこむ。
ふっと、今も撮影が続けられているスタジオの真ん中が
視界に入ってきて、なんとなく顔を上げ目を向けた。
そこだけ別次元のように、オーラが違う。
彼・九条隼斗が微笑むだけでその場が華やかになる。
誰もが惹き込まれる。
やっぱ、スターさんは凄いな……
俺は九条隼斗から目が離せなかった。
「はーい、隼斗お疲れー最高によかった」
「ありがとうございました」
ボーッと眺めていたら、撮影は終わったらしい。
カメラマンさんにお礼を言って
セットから離れた九条隼斗がこちらへ歩いてくる。
「じゃ、次ミオちゃん入って」
「いけるか? マコ」
「……いきます」
「無理しちゃダメだよまーたん。顔真っ青」
フラフラしながらも立ち上がる俺に聖也さんが
心配そうに手を伸ばし、
目にかかっていた前髪を横へ流してくれた。
心配かけてはいけない。
その一心で無理矢理にでも笑顔をつくる。
「大丈夫です。いってきます」
「まーたん……」
「よし。行ってこいミオ」
何か言おうとした聖也さんを手嶌さんが
名前を呼ぶことで遮って、俺を送り出してくれる。
一見放任のように見えるこれは、手嶌さんなりの
優しさと俺に対しての信頼。
「はい」
手嶌さんと聖也さんが見送ってくれる視線を
背中で感じながら、気合いを入れて一歩を踏み出した。
さっきよりは大分ましな笑顔ができた気がする。
パシャパシャパシャ――ッ
カメラのフラッシュと音で一気に現実に引き戻された。
「いいじゃん!!
マジ、恋してる乙女みたいで見てるこっちまで
ドキドキした」
「へ? ほ、んと、ですか」
途中から撮影だという事を忘れて、
自分の妄想に夢中になってしまっていた俺は
ポカーンと立ち上がることなく座りっぱなし。
無意識の内になにかしたのかな?
ま、うまいこと撮れたみたいだし
よかったぁぁー……
スタッフさんの
「今日の撮影は全て終了です。お疲れ様でしたー」
という掛け声を右から左に聞き流しつつ、
安心から一気に脱力して、今すぐにでもセットの
フワフワなクッションに埋もれたかった。
でも、ミオがそんなことしたら仰天ものだろ。と
グッと我慢。
ホント、ミオの体面保つのはひと苦労だ。
いつまでも動かない俺に痺れを切らした
手嶌さんがこちらにやってくるのを視界にとらえ、
慌てて立ち上がろうとした、そんな時。
「大丈夫?」
「え……」
いきなり目の前に現れた差し出される掌。
見上げるそこには、九条隼斗の心配そうに伺う表情。
掌と九条隼斗を何回も視線が往復すると、
掴まれというのを促すように掌が動く。
いつまで経っても引っ込める気配を見せないそれに
戸惑いながらも、自分の手を重ねると優しく握られ、
立たせてくれた。
「すみません。ありがとうございます」
「お疲れ様。すごくよかった」
「そんなこと……ないです」
妄想してたのがアレなだけに恥ずかしくて
彼の顔がまっすぐ見られない。
「それでね、さっきは――」
「ミオー戻るぞ」
九条隼斗が何か言おうとしたちょうどその時、
カメラマンさんとチェックが終わった手嶌さんが
大きな声で私を呼んだ。
その隣では聖也さんが手招きしている。
「あ、えと……」
「いいよ。いきな」
「すみません。今日はありがとうございました」
「こちらこそ。楽しかったよ。またねミオちゃん」
「はい。それでは失礼します」
軽く会釈をし、九条隼斗に背を向け手嶌さん達の元へ
急いだ。
それを九条隼斗がずっと見続けていたなんて
思いもせず。
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