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   ノアがザクロの実をいくつか摘んで館に帰ると、ザカライアが訪ねて来ていた。 「勝手に入るんじゃねぇよ」 「おかえり、ノア」 ノアの住む館はザカライアがデザインして建てたものだった。なので、彼はいつも勝手知ったる様子で館に入り、ノアを待っていた。 ザカライアはルシアンよりは紳士的だが、ノアにとっては同じように面倒臭い男だった。 まぁ……彼の建てたこの館は気に入っているが。 ノアはため息をついて、テーブルの上にザクロを置いた。 「またあの場所へ行ってたの?」 「関係無いだろ」 ノアはザカライアに見向きもせず言い、ザクロの実をひとつ手に取った。 「あの男……ルシアンに会った?」 「会いたくねぇけどあの悪魔、勝手に来るんだよ。鬱陶しい」 ブツブツと文句を言いながら、ザクロの実を二つに割ってかぶりついた。ノアの手首を果実の汁が伝い落ちる。 立ち上がって隣に来たザカライアがノアの手首を握り、肌を伝う果汁を舐めた。 「おい」 「また貢物?」 その手首の新しい腕輪を見て眉を顰めた。ノアはザカライアの手を振りほどいて彼から離れた。 「あいつが勝手に持ってくるんだ」 「ノア」 ザカライアが再びノアに近付き、後ろからそっと手を肩に乗せて懇願するような声で言った。 「もうルシアンには会わないでほしい。貢物も受け取らないで」 「うるさい」 「……この館。気に入らない? もっと美しい館を建てようか? どうすれば私を受け入れてくれる?」 ザカライアはノアの銀髪に指を絡めて背後から甘く囁いた。ノアはうんざりして天を仰いだ。 「この館なら気に入ってるよ。新しい館はいらない。でも……そうだな。天国の書庫。あそこにある門外不出の書物を盗ってきたら、あんたのものになってやろうか?」 「……それがどういうことか分かっている?」 神を冒涜する行為だ。天使であるザカライアには叶える事が不可能なおねだりだった。ノアは皮肉な笑みを浮かべた。 「ああ。冗だ……」 「分かった。ここに持ってこよう」 「え、」 「この私にそこまでさせるんだ。……君は私のものだ。いいね?」 背筋が凍り付くような美しい微笑を浮かべて、ザカライアは背を向けて館を出て行った。純白の翼を広げて天国へと急いで戻った。 ───嘘だろ? こいつもかよ。 どうせ、できっこない。そう思ったノアは自分の言ったことも忘れて、だらだらと過ごした。 だが、ルシアンもザカライアも……見事に約束のものを盗んで戻ってきたのだ。 「これでお前は俺のものだ」 「さぁ、君は私のものだ」 二人に同時に求められたが、ノアは二人ともを拒んだ。 「知るかバカ。俺はどっちのものにもならない」 ハーフブリードのノアは天国にも地獄にもいけない。孤独だがノアは自由だ。 神にも魔王にも服従はしない。この煉獄でノアはノア自身のものだった。 ───だが、それも終わりだ。 神の書物と魔王の宝物。 智慧の天使と戦鬼の悪魔がハーフブリードに惚れこんで禁忌を犯したのだ。冗談で済まされる事では無かった。 結果、二人をたぶらかした罪でノアだけが罰を受ける事になった。 ルシアンは魔王の、ザカライアは神のお気に入りなのだ。ノアを追放する事で愚かな恋から目を覚まさせようというのだ。 「俺が勝手にした事だ!! 罰なら俺が受ける!」 「神に背いたのは私です! 彼に罪は無い!!」 ルシアンもザカライアも必死にノアを庇ったが…… 「うぜぇんだよ。こいつらに追い回されるくらいなら追放される方がマシだ。うんざりだ。あんたらに愛だの恋だの囁かれるのは」 ノアは蔑むように言い放ち、悪魔の残酷さと天使の冷酷さで二人の心を裂いた。 そして、ノアは人間界に堕とされたのだ。 記憶を失い、孤独で弱い存在として何度も転生し、地上を這って生きることになる。 それでもザカライアもルシアンもノアを諦めなかったのは神と魔王の誤算だった。 二人は人間界へとノアを追っていった。 あまりの執着と渇望に、もはや誰も二人を引きとめられなかった。 そして100年後。 人間になったノアを見つけたのだ。 #sozai2229_w# 「我々と人間では時の概念が違うからね。ノアが転生するのが人間の時間で10年後なのか、50年後なのか……分からなかった。だからずっと探し続けたよ」 「結局、100年だったな。地獄じゃあ100年なんてあっとゆう間だが、ここじゃ酷く長く感じたぜ」 「でも、やっと見つけた。愛しいノア」 ノアは信じられないといった顔で二人を交互に見た。 「ばっ……バカバカしい。それ、マジで言ってんのかよ。頭おかしいんじゃない? そんなの知らない。俺じゃない!」 「記憶を奪われただけだ」 「……なら、覚えてないなら別人みたいなもんだろ? もう俺の事はほっといてよ!」 「魂はノアの……ハーフブリードのままです。だから容姿も美しいノアのままだ」 「俺に抱かれても死ななかっただろ。人間は簡単に壊れちまうからな」 「あ……」 あの館でザカライアが抱き殺した少年を思い出した。あの夜、ザカライアは悪魔や天使とのセックスはエネルギーが違いすぎて交われば人間は死ぬと言っていた。 だが、ノアはルシアンに抱かれても生きている。その事実にノアはゾッとして血の気が引いた。 ───こいつらは、愛しているとか言うけど……俺を自分のオモチャにしたいだけだ。支配してモノにするつもりだ。 そんなのは絶対に嫌だった。 「……逃がさないぞ」 ノアの逃げようとした気配に気付き、ルシアンが細い腕をきつく掴んだ。 「痛い! 離せよ!」 「……ルシアン。100年前の約束、実行しますか?」 「てめぇが先に破ったんだろうが。ノアを隠して、まじないなんて余計な入れ知恵しやがって。悪魔の方が鼻が効くから見つけられたんだぞ。俺に感謝しろよ」 「非常に不愉快ですが……その点に関しては礼を言います」 「本音ではお前なんかと協力するなんざ不本意だが」 「私もですよ」 頭上で交わされる二人の会話にノアが戸惑う。 「な、なんの話?」 「お前を共有する」 「私とルシアンで、ノアを支配するんです」 「……なっ!?」 その言葉にノアは凍り付いたように動けなくなった。 ルシアンはノアをじっと見つめながら思った。 本当は自分一人のものにしてしまいたい。 だが、ザカライアと張り合って、再びノアを失うのは嫌だった。 ザカライアも同じ気持ちだ。最初にノアを見つけた時、館に囲ってノアを隠した。二人で過ごす日々は幸福な四年間だった。 だが、ノアは逃げた。記憶を失っていても、ノアはザカライアを受け入れない。 ハーフブリードは誰も愛さない。 美しいが感情が欠けた生き物なのだ。どんなに尽くしても、どれほど想っても……この美しくて残酷なハーフブリードの心に愛は芽生えないのだ。 ───ならいっそ……ルシアンとザカライアは二人でノアを共有し、完璧に支配してしまおうと決めたのだ。 怯えるノアを見つめるルシアンとザカライアの瞳に暗い欲望が宿った。

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