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胸の傷と接吻3

しばらくそのままで、お互いに動けずにいた。 なんだか……時の流れがとても静かで、ひどくゆっくりに感じた。 この空気を壊したくなくて、何も言えなかったけど、場違いな着信音が静寂を破った。 ───このバカボンのテーマは、有栖川父からだ! 出たくないけど…… 「……もしもし」 「千尋っ!! ちーちゃん! 切らないで聞いてくれッ!!」 有栖川父の叫び声で、耳がキーンてなるわ!! 「分かったから、もちょっと声落とせよ」 小林もびっくりしてるだろ。 「今、部屋の前にいる」 「はぁ!?……あ、GPS!」 俺は自分の足首の輪っかを見た。 「謝りたいんだ。お願いだ。千尋」 俺はため息をついてから、ドアを開けようとしたら、小林が心配そうに引き止めた。 「大丈夫なのか?」 「うん。大丈夫と思う」 結局、小林が俺を背中で隠すように前に立ってドアを開けた。 「!?」 なんと! 目の前には土下座しちゃってる有栖川父。すごい立派な土下座だ。初めて見た。 玄関開けたら2秒で土下座! って、オイ。 「……本当にすまない。私が悪かった」 額を床に擦り付けるようにして謝罪する。大富豪のイケメン紳士が、何やってるんだよ。 俺は小林の横をすり抜け、有栖川父の前にしゃがんだ。 「顔、あげろよ」 有栖川父がそっと顔を上げる。 ビターン! めっちゃ気持ちの良い音がした。両手で有栖川父のほっぺたを叩いて挟んだ。 そのまま、つまんでビローンと伸ばしてやる。 「ふぃ、ふぃふぃろ……?」 あ~紳士顔が台無しだ。俺はニヤっと笑って、 「ムカついてるけど、許す!」 と、手を離した。 「あと、これ外すこと!」 自分の足首のGPSをビッと指差す。 分かった分かった、とコクコク頷く有栖川父と帰ることにした。 「小林……さん。お騒がせしてごめんなさい。今日はありがとう。すごく、助かりました」 「いや、気にしなくていいよ……また」 「うん。また」 小林が薄く笑って「また」と言ったので、嬉しくなって、俺も笑いながら「また」と言って部屋を出た。 千尋が部屋を出ていって閉じられた扉を見つめながら、小林は呟いた。 「ありゃ山田だ」 額に手を当て、苦笑いを浮かべながら。

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