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涙痕と翻弄される男たち4
俺は一目散に走って逃げて、前方不注意でドンっと誰かにぶつかった。
「うわっ!」
「おっと」
そいつに支えられて転ぶのは免れた。
「アリスちゃん?」
ぶつかった相手は美村だった。
「よく俺にぶつかるよねぇ。」
「美村か。悪い」
「いいよぉ……!?」
いつもヘラヘラしてる美村が急に真顔になった。
「ちょっとおいで」
「えっ?」
腕をぐいっと引っぱられて、男子トイレの奥の個室に連れ込まれた。
もう予鈴が鳴る時間だったので、トイレには誰もいなかった。
美村が俺の顎に指をかけ、クイっと顔を上げさせた。
「誰? 何されたの?」
お前もか!
俺はいい加減イラついてたので、美村の手をバシっと振り払った。
「なんでもない! 関係ないだろ」
トイレから出ていこうとしたら、美村が俺の肩を掴んで壁に縫い止めた。
「わっ! なんなんだよ?」
見上げれば、いつになく真剣な表情の美村がいて
「関係なくないでしょ。そんな顔して。何があったの?……心配なんだよ。アリスちゃんは無防備だから」
……こいつ、ほんとに俺を心配してるんだ。俺はちょっぴり罪悪感を感じた。
「ごめん。でも、なんかされたとかじゃないから」
「ほんとに?」
美村がじっと俺の目を見つめる。
「ほんと。昨日、映画見て泣いただけだよ」
「映画ぁ?」
美村が「はぁ~っ」と大きなため息を吐いた。
それから俺の肩を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめて「よかったぁ」と言った。
俺ってそんなに危なっかしいかなぁ。ヘコむわ。
俺は美村の背中をポンポンと叩く。
「何の映画見て泣いたの?」
「プロレス映画」
「えっ?」
「それより遅刻しちまう。急ぐぞ美村!」
ほんとにギリギリだ。
俺と美村は走って教室を目指した。
一緒に教室に入った美村と俺の腫れた目元を見て、園田が妙に目を輝かせていたが、HRが始まったので無視をした。
後日、あのプロレス映画が望応学園内で密かなブームになったのだった。
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