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桜ノ宮桜真と水曜日の夜2[side 南方]
[side 南方]
スマホを見ると千尋から俺を心配するメールがきていた。
「………」
一度も返信していない。
あの日、高槻に言われた言葉を思い出すと、千尋にメールできないでいた。
『お前も生徒会の人間なら自分の影響力を考えろ。千尋に近付くな!』
その通りだと思った。瀧山の親衛隊が陰で制裁を行っていると聞く。俺の親衛隊の子たちは、そんなことしないと信じたいけど………
人間は変わる。良くも悪くも。
それに、千尋に知られてしまった。俺が生徒会の人間だって。
その時、スマホの着信音が鳴った。
桜真からの電話だ。
「桜真!」
『蓮。今、部屋の前にいるんだ。開けてくれる?』
俺は急いで玄関に向かい、ドアを開けた。
「ただいま。蓮」
「おかえり。桜真」
桜真はニッコリ笑って部屋に入ってきた。俺はぎゅっと桜真を抱きしめる。
「会いたかった」
「僕もだよ」
桜真の手が俺の背中をポンポンと優しく叩いた。
桜真は俺の手を引いて、部屋の奥へと歩いた。リビングのソファに座るよう促される。
「蓮。大変だったみたいだね」
桜真はソファに座った俺の目の前に校内新聞を差し出した。
「!」
千尋を肩に担いだ高槻と俺の写真が大きく掲載されていた。あの日のことを面白おかしく書いてある。こんな新聞があるなんて知らなかった。
「この有栖川君て子とは知り合いなの?」
桜真は俺の隣に座って聞いた。
「………朝、散歩に出かけたときに出会って………」
俺は桜真に全部話した。桜真は静かに聞いてくれる。
何を聞いても桜真は揺らがない。まるで興味が無いかのように感じることもある。
でも静かで、落ち着く。
「そうなんだ。かわいそうにね。有栖川君にはもう会えないね」
「え、どうして?」
桜真は俺の手をそっと握って、静かに語りかけた。
「彼、高槻先輩の同室者でしょう。風紀と生徒会は揉めているから、きっと有栖川君は蓮の悪い話をたくさん聞くよ」
「そんな、俺はなにも………ッ!」
「うん。だからだよ。狡い人間はね、行動が早いんだ。高槻先輩は生徒会を嫌ってるんでしょう。蓮は優しいから。悪役にされてしまうよ」
「桜真、でも千尋は悪口なんて信じない子だ。あの子はいい子で………」
「高槻先輩は厳しいし、時には暴力も辞さない強引なところがあるって聞いたよ。もし有栖川君が高槻先輩に言い返しでもしたら………有栖川君が辛い目に合うかもしれないね」
「そんな!」
「それに、こんな新聞に載せられて。有栖川君は怖がってるかも。君の親衛隊からの制裁を」
「俺の親衛隊は制裁なんかしない!」
「うん。全部『もしも』の話だよ。でもゼロじゃない。親衛隊の制裁も。高槻先輩の体罰も」
「そんなこと………」
桜真は俯いた俺の頬に手を添えて、顔を上げさせた。
「だから、蓮はもう有栖川君には会わない方がいい。有栖川君の為だし、蓮も傷付かないで済む」
桜真が俺の頭を引き寄せて、自分の肩に乗せた。
「大丈夫。僕がいるよ。僕は変わらないし、側にいるよ」
「………桜真」
俺の不安を宥めるように、桜真が冷たい指で優しく俺の髪を撫でた。
「僕がいるよ。大丈夫だよ。蓮」
桜真の静かな声に、気持ちが落ち着いてゆく。
冬の湖の薄い氷のようだ。
不安定だった感情が、つめたく冷えていく。
「ありがとう。桜真」
俺静かに目を閉じて、桜真の言葉を受け入れた。
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