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桜ノ宮とももちゃんと山田3
ももちゃんとは、俺が山田太郎だった頃、うちの会社にいた派遣社員の女の子だ。
梅田桃子といって、黒縁メガネで23歳で、特別美人という訳でもスタイルがいい訳でもなかったが、あっというまにマドンナ的存在になっていた。
男性社員はみんな「ももちゃん」って呼んでチヤホヤしていた。
俺はギャル系が好きだったので、梅田桃子の良さは分からなかった。
なぜかそんな俺に梅田さんはしょっちゅう絡んできた。
「山田さんも気を遣わずに、ももちゃんって呼んでください」って言われたっけ。
だが俺は梅田さんと呼び続けた。なぜならば、前の彼女の飼っていたぶっさいくな犬の名前が『ももちゃん』だったからだ。どうしてもあのぶさ可愛いい犬の顔が浮かんじまう。
梅田さんと呼び続けていたら、よりいっそう俺に話しかけたり、お茶を出してくれたり、残業中の俺にチョコの差し入れなんかをくれたりした。
この子はちょっとKYで天然だった。
おかげで俺は男性社員達から針の筵だった。男の嫉妬って怖いね。
勘弁してくれよ。興味ないっつーの。
俺は黒ギャルが好きなんだよ。小悪魔的な。
なんてことを考えつつ、梅田さんから逃げて給湯室に避難した時、お局さま的な女性社員がいた。
梅田さんは女性社員達からは盛大に嫌われていた。それをまた男性社員が「お局連中のイジメだ!」「ももちゃんかわいそう」と言って、梅田さんをフォローしまくっていた。
「山田君。どしたの?」
「いや、ちょっと避難というか」
「ももちゃんね」
「はぁ、天然というか、悪気はないんでしょうけどね」
「それは違うわよ! 山田」
おっと。呼び捨てだ。お局さまの機嫌は悪い。
「あの子は計算しまくってるわよ。男性社員に良い顔して、仕事もほとんどしてないのよ。かわりにやっといてあげる~とか、明日でいいよ~とか、男どもが甘い顔してるから」
「はぁ」
「上手いこと私達を悪者にしてるのよ。コピーしといてって頼んだだけでイジメ扱いなのよ。女子社員はみんな、ももちゃんに関わらないようにしてるけど、そしたら無視してるって言われてるんだから」
ひええ。女って怖っ。
「でもみんな梅田さんのこと可愛がってますからねぇ」
「あれがももちゃんのテクニックなのよ。天然なもんですか。男を操るのが上手いのよ。たまにいるのよね。地味系でそんな風に見えないんだけど」
お局さまは俺の手にぽんとカントリーマァムをのせた。
「山田。あんた一人だけももちゃんに堕ちてないでしょ。女子社員の間であんたの株上がってるわよ」
「ええっ。まぁ、俺は黒ギャル好きなんで」
「………あんたねぇ」
俺の上がった株は一瞬で下がったが、これ以降お局さまには可愛がってもらったんだよね。
なんだかんだでお局さまは仕事はできるし、人脈も持ってるし、敵に回すと怖いお方なのだ。
梅田さんはあっけなく婚活パーティーでゲットした医者と婚約して辞めていった。
しばらく男性社員達は寂しがったが、女性社員達にシカトされて大変そうだったなぁ。
そのももちゃんの微笑みと桜ノ宮の微笑みがダブって見えた。
『地味系でそんな風には見えない』
『天然じゃなく計算している』
『男を操るのが上手い』
まんま、ももちゃんじゃねぇか!!
「どうかした?」
「いや、なんでもない!」
ちょっと挙動不審になった俺に桜ノ宮が聞いてきた。危ない危ない。
委員長が胡散臭い奴だって言ってた意味がよく分かった。
「食べよっか」
俺はタッパーを持ってキッチンへ行った。
それから、俺と平野と桜ノ宮はダイニングテーブルについて、一緒に晩飯を食べた。
平野はいつも自室で食事をしているので、桜ノ宮と部屋でご飯を食べるのは初めてらしい。
「美味しい。やっぱり有栖川くん、料理上手だね」
平野がにこにこしながらカレーを頬張る。膨らんだ頬がリスみたいだ。
「ありがと」
「ほんと。家庭的だよね。お金持ちの子供なのに。有栖川くんは不思議だね」
桜ノ宮は俺をじっと見ている。なんだか観察されてるみたいだ。
「桜ノ宮は?」
「え?」
「俺からしたら桜ノ宮の方が不思議だよ。なんつーかミステリアスというか。なんでそんなボサボサ頭してんの? その漫画みたいなメガネも。ここの学園の奴らって、とにかく小奇麗にしたがるだろ? チワワ系の生徒なんて、うっすらメイクしてる奴もいるぞ」
「あ、有栖川くん」
平野がおろおろしてるけど、桜ノ宮は面白そうに笑って答えた。
「ああ。外見をいじるの嫌いなんだよ。それに、見た目で判断されるのって嫌じゃない? 君だって綺麗な顔してるからって、眠り姫なんて呼ばれて女の子のように扱われるの嫌でしょ?」
「確かに。その通りだ」
意外と言うなぁ。
桜ノ宮との会話は思いの外弾んだ。頭の回転が速いみたいで、けっこうズケズケ質問しても、ポンポンと返してくる。
でもこいつの笑顔が作り笑いなのは、今の俺には分かる。お局さまに教育されたからね。
黒幕………こいつがあの変態生徒をそそのかして平野や俺を襲わせたんだろうか………。
一見、和気あいあいと晩飯を食べたが、実際は腹の探り合いだった。俺はこうゆうの得意じゃないんだけど。
俺はますます平野をほっとくわけにはいかなくなった。
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