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眠り姫と黒い罠3
「くそっ!」
大きな腕で抱き上げられた。
俺を助けてくれたであろう男は、小屋を出て走り出した。
強く抱きしめられて、そいつの体温を感じているうちに徐々に痙攣が収まってきた。
「伊丹!!」
勢いよくドアを開ける音がして、そいつは俺を抱いたまま叫んだ。
「くそっ! 保険医どこ行きやがった!?」
俺はどうにかそいつの腕を掴んだ。ほとんど力は入ってなかったけど。
「も、平気………おろして………」
「平気じゃねぇだろ!」
「もう………少し………したら………おさまる………と思う」
「………」
俺はそっと保健室のベッドに下ろされた。そいつは誰かに電話して怒鳴りつけてるみたいだった。通話を終えて俺の額に手のひらをあてた。
「すぐに保険医と風紀の野郎が来る」
委員長や俺を知ってる口ぶりだ。それにこの声、どっかで聞いたことあるような………
「たすけて、くれて………ありがと………あんた………だれ………?」
見えてはいないんだけど、俺は声のする方に顔を向けた。
「お前っ!? 見えてないのか?」
「………すこし、の………あいだだけ………前にも、あった」
痙攣は収まっていたけど、まだ視力は戻ってない。
前にも二回、こうなった事がある。
術後、病院でリハビリ中に。
それと高校入学の前だ。
入学が遅れたのは、検査入院やら何やらあったからだ。
原因は分からないし、対処法もないんだけど。
まぁ脳移植なんてとんでもない事やらかしたんだ。仕方ないよな。
有栖川父は俺を病院に閉じ込めとくか、海外に連れていくか悩んでいたけど、どこに居てもなにをしても、こうなるときはこうなってしまうんだからと何度も説得して、俺は日本に残った。
「………適合………して、ないのかも………」
この有栖川千尋の肉体と山田太郎の脳は。こればっかりは誰にもどうすることもできない。
そいつは息を呑んで、俺の手を握った。温かい大きな手だ。
「本当に大丈夫なのか?」
「うん………でも、手………そうしてもらってるとおちつく………」
「………ああ」
本当に落ち着く。タッチヒーリングってやつかな。
不安と混乱と諦めってやつでいっぱいいっぱいだったけど。側にいて、手を握ってもらってるだけで、すごく落ち着いた。
気持ちが落ち着いてくると、少しずつ視力が戻ってきた。
ゆっくりと瞬きを繰り返す。
「あ」
「見えるのか?」
俺の手を握り、心配そうに見つめている顔が見えた。
「会長」
そいつは生徒会長の西大路正宗だった。
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