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眠り姫と黒い罠5[side 西大路]
【side 西大路】
千尋を伊丹に任せて、御影と俺は保健室を出た。
「いったい何があったんだ」
「必要な書類があって、体育教師のとこに行こうとしてたんだよ。あそこの渡り廊下から裏庭が見えるだろ。そしたら、あいつが生徒に囲まれてるのが見えたから」
あの辺りは人気が無いし、悪さをするにはうってつけだ。つい最近も一年の平凡がヤラれかけてたっていうし。
だが、間に合ってよかった。
複数の生徒に押さえつけられた千尋を見た時は頭に血が上った。
腕の中で痙攣する千尋に血の気が引いた。
有栖川千尋の事は詳しくは知らない。だが、キレイな顔をしているくせに面白い奴だと興味を持っていた。
「よりによって、てめぇが姫を助けるとはな」
御影が嫌味ったらしく言った。
「あぁ?」
「………いや。姫を助けてくれて感謝する」
「だから、お前からの礼なんざいらねぇよ」
俺は御影を睨んだ。
「今、西宮達を裏庭に行かせている」
そう言った後、迷うように聞いてきた。
「………本当に未遂なのか?」
「ああ」
「ならどうして、あんなに………」
御影が口ごもった。
「発作みたいだった。前にもあったらしい。適合してないのかもしれないって言ってた」
「手術痕をみたのか?」
「ああ」
千尋は美しい容姿をしているが、中身はやんちゃな少年のようだった。
俺に目つぶしとチョップまでしやがったし。しれっと嘘を吐くし。
『会長。これあげる』
そう言って、保健室でブラックサンダーを投げてよこした時のことを思い出す。
俺の知る限り、明るくて真っ直ぐな少年だ。
それが、あんな傷をしょいこんでいたとは思わなかった。華奢な胸の歪な傷痕を思い出し、胸が締め付けられた。
「二人とも入って」
ドアが開いて伊丹が呼んだ。
「千尋くんはこのまま僕が病院に連れていく。今晩は検査入院になるよ」
「そうか」
「しばらく入院することになるかも」
「げぇ。俺、病院嫌いなのにぃ」
千尋は深刻な空気を壊す場違いな言葉を呟いた。
「入院したって一緒だってば。なるようにしかならないよ」
いつも通り、千尋は笑った。
「お前………」
さっき抱き上げた千尋の体は華奢で軽かった。野蛮な奴らに襲われて、一瞬だが目が見えなくなっていたのに………
千尋は笑っていた。
「そう言わずに医者に診てもらえ」
俺は千尋の黒髪を優しく撫でた。柔らかい黒髪だ。なぜだか胸が締め付けられるように切なくなる。
「ああ。これ以上心配させるな」
御影も千尋の頬を優しく撫でた。
「ごめん」
千尋は俺を見上げて
「助けてくれてありがとう。会長」
そう言ってまた笑った。
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