268 / 306

千尋と南の島1

  【side 千尋】 「ん………」 ふかふかのベッドが超気持ちいい。 すげぇぐっすり寝たみたい。 俺はぼんやりと目を開けた。 「ん?」 なんだコレ? これ枕じゃない。 男の腕だ。腕枕で寝てたみたいだ。 俺は恐る恐る背後を振り返る。 「ひぃ!?」 あ、有栖川父だ!  なにやってんだ!? このおっさん。 俺は有栖川父に後ろから抱っこされるみたいにして寝てたようだ。 有栖川父を起こさないように、そっとベッドを抜け出した。 見回すと、随分広い部屋だ。それにキングサイズの大きなベッド。 どこだ、ここ? 微かに波の音が聞こえる。俺は窓を開けてベランダに出た。 「………どこ?」 広がるのは青い海、青い空。 手すりにつかまって見回してみる。 下にはでっかいプールと南国ちっくな木が見える。なんだか南の国のリゾートホテルみたいだ。 ちょっと待ってよ。どうなってんだ? 確か、病院で委員長に電話してたら、有栖川父が来て………そこからの記憶が曖昧だ。 「おはよう、ちーちゃん。良く寝てたね」 背後から声をかけられて、俺はギクッとした。 「あっ」 柔らかく抱きしめられて、頬にキスされた。おはようのハグとキスだ。 これ、有栖川邸にいた時に毎日やられてた。 「ここ、どこだよ?」 「ああ。前に来た時はちーちゃんは小さかったもんね。私が所有する島だよ。休暇を家族で過ごした場所だ。久しぶりに来たけど、風が心地良いね」 「前に来たって………それは本物の千尋のことだろ? 俺は違う。山田太郎だ」 有栖川父は少し切なげに目を細めて俺を見た。 「分かっているよ」 俺は少しほっとして肩の力を抜いた。 「でも今でも君は私の大切な息子の千尋だ」 優しく頭を撫でられて、また不安になる。 「なんでここに? 俺、学校に戻らないと」 「それはダメだ」 「なんで!?」 「全部聞いたよ。発作の事も、襲われかけたことも。もうあの学園に戻る必要はない。パパと一緒にいよう。私が守るよ。安心して」 俺は有栖川父の腕の中から抜け出した。 「守ってもらう必要なんてないよ。帰る。帰らせて」 「ダメだ。大切な我が子が襲われた学校に戻す訳がないだろう」 「………いいよ、もう」 俺は踵を返して走り出した。 前に軟禁された時のようにGPSの足輪は付けられていない。 そのまま寝室を飛び出して廊下を走った。 とにかく、この建物を出なくちゃ。 裸足のまま階段を駆け下りて大きな扉を開けて外へ出た。噴水があって、外へ出るゲートが見えた。 俺はゲートまで走った。開かないかな、って思ったけど勝手にゲートは開いた。 「ラッキー」 ゲートを出て走り続けたけど、ひとっ子ひとり居ない。 なんだよ。無人島かよ。 有栖川父の別荘以外、目立つ建物が無いっぽい。俺は不安になりながら、とりあえず海辺を目指した。 「はぁ、ほんとに………ここはどこなんだよ」 俺は海辺に出たけど、船だとか町だとか、なんにも無くて。ただただ綺麗な砂浜が続いていた。 海もめっちゃ綺麗。日本じゃないみたいだ。 俺は愕然として、砂浜に立ち尽くしていた。 「千尋様」 突然、背後から声をかけられてビクッとした。 「そろそろ戻りましょう」 「あ、あんた誰?」 全然気付かなかった。 「千尋様の護衛をさせていただきます。伏見伊織(ふしみ いおり)です」 背が高い。たぶん委員長くらいあると思う。190越えのがっちりした黒いスーツの男だ。 優しげに微笑んでるけど、眼は全然笑ってない。只者じゃない雰囲気がめっちゃ出てる。 40代かな? 顔はあっさり整っていて、どことなくハーフっぽい感じだ。 短く切られたボーズに近い短髪に切れ長の一重の目と薄い唇が海外ドラマとかに出てくる殺し屋っぽい。 俺は少しビビってしまった。 「この島は雅信様の所有される島です。お屋敷には給仕や清掃の為の最低限の者しかおりません。護衛の者は数名いますが、私が千尋様の側に付かせていただきます」 え、SPってやつ? てゆうか、ほんとに南の島? 「ここ、日本じゃないの?」 「はい。この島のお話は雅信様からお聞きください。もうすぐ昼食です。さぁ、戻りましょう。陽に焼けてしまいますよ」 そう言って俺に歩み寄り、そっと背中に手を回した。なんというか、有無を言わさないオーラのある人だ。 「………」 俺は伏見さんにしぶしぶ従って屋敷へ戻った。

ともだちにシェアしよう!